2001/9/27-28 大常木

大常木溯行失敗の記録

日程:2001/9/27〜28

L. 安河内(19期、M1、記)、高木(19期、OG)、小野(23期、1)

 ここ数年の沢の中でも最大級のアホ話を作ってしまいました。
 4月に唐松谷に行ったときにも同じようなアホ話を流しましたが、今度はもっとすごいです。

9月27日 雨のち晴
 御茶ノ水6:23の中央線に乗り込む。新宿で高木と合流。共装がほとんど無いのに高木のザックはでかかったが、遠慮なくテントを渡す。
 立川で無事に健介と合流し、青梅線で奥多摩へ。車内は平日なのですいてるかと思いきや通勤時間で意外に混んでいる。サラリーマンに囲まれているとなんだか申し訳ない。奥多摩に近づくと窓の外は雨がぱらついている。

 駅前からタクシーに乗り一の瀬川林道に向かってもらう。奥多摩湖のあたりから雨脚が強まる。タクシーの運ちゃんは話し好きでこのあたりの谷や釣りの話をしているが、せわしく動くワイパーの向こうの灰色の空が気になって仕様がない。

 一の瀬林道に入ってしばらく行くと、右手に深い谷が見える。
 運ちゃん「あそこの谷はまたひどいんだ。」
 けんすけ「あ、あれが大常木です。」
 運ちゃん「うへぇ、あんなとこ行くのか、獣も入んねぇよ。」

 嬉しいことを言ってくれる運ちゃんだ。じゃあ獣以下さ。
 一の瀬川への下降点に溯行図に記載のある道標が無いことは一橋大の記録から知っていたので、運ちゃんにも協力してもらいそのあたりをうろついて車道の切り通し地点にある赤テープと、踏み跡を発見。これが溯行図(新版)にある大常木出合のほんの少し上流に下りる踏み跡だろうということで、お礼をいってタクシーに帰ってもらう。一万円弱。雨は止んでいる。

 一の瀬川に降りるルートは険しいと聞いていたので溯行準備をしてから下り出す。踏み跡は始めしっかりしていたがやがて交錯し、それでも下方へ続いている。

 そこへ先頭を歩いていたCLの20mほど側方に、真っ黒い大きなイノシシが現れた。2匹。体長は1mを越し一瞬熊かと思ったほどだ。
 向こうはこちらをじっと見ている。こちらも立ち止まる。短い角が2本生えているのがはっきり見える。イノシシを怒らせて突進を喰らうと大怪我をしたり、死んでしまうこともあるらしいので、慎重に対処せねば。
 とりあえず、両手を広げて相手より劣位にならないようにし、「おぉーい。」と穏やかに呼びかけて敵意の無いことを訴えてみる。「そりゃヒグマ対策だ!」と自分にツッコミながら。すると一匹が谷へむかって凄い勢いで駆け下り、しばらくしてもう一匹も駆け下りていった。よかったよかった。

 最後は急な下りになり踏み跡は薄くなったが黄色いテープについていくと真新しい長いロープシュリンゲがありこれにすがって急坂を降り、ようやく一の瀬川の河原に降り立った。40分くらいかかったか。

 さてと、では大常木に向かおう。出合は一般的に間違えやすいので現在位置の確認は慎重に・・・。川の方向はちょっとおかしい気もしたが、その他のいくつかの状況から、うむ、下流に少し下った所にあるはずだと歩き出す。
 河原のそばのよく整地された台地に慰霊碑が建っている。誰かここで亡くなったらしい。焚き火の跡もある。確かにテント適地だけど、ここでビバークはなんか嫌だな。
 その先に行くと、なんと立派なゴルジュで、長い瀞になっている!何だこりゃ。

 溯行図では確かにゴルジュマークになっているが、こんな瀞に記載が無いのは変だなあ。進む方向を間違えているか、あるいは今日増水しているのか。とにかく行ってみないとわからない。流れも弱いし、初めからヒヨっててどうする、と腰まであるいは胸まで浸かってへつりながら下流へ向かう。冷たくて足が痺れる。

 瀞は緩やかに曲がりながら20mほどあったろうか、もう泳ごうかと思ったところ前方が見え、滝になって落ちている!ああびっくりした。でもさらに前方を偵察するためにも僕と健介は泳いで対岸に渡り岸に上がってみた。滝は5m幅広と言った所か、ザバザバと水を落としている。そしてその先は・・・。なんとさらに狭いゴルジュで今度は爆流だ。これは無理。仮に流されてしまえば下流に行くことはできるが、もし進行方向を間違っていたと気づいても泳いで戻るのは我々の泳力では不可能。やっぱりおかしい。戻ろう。

 来た道をへつって泳いで戻っていく。泳ぎに慣れない高木はお助け紐で手繰り寄せる。寒さに体が震えて止まらない。最初の河原に戻って休んで体を温めながら再検討。出合はどっちだ。「下流でいいような気がするけど、あのゴルジュは変だし、上流も偵察してみるか。」
 天気はどんどんよくなっていった。上流に歩いてみると、また淵だ。折角暖まってきたのに。泳いで突破しようかと思った所に、車道側の斜面から一本のロープが降りている。なんだろうと思って対岸も見てみると、こちらにもトラロープがかかっている。さては今いるところは溯行図にある2本の踏み跡の上流側か、と完全に現在地を誤認。トラロープを登り踏み跡を辿れば大常木谷に行けると思った。そこでまた下流に向かって今度は斜面をトラバースするが、踏み跡はすぐに獣道に変わり、怪しくなってきた。仕方ないので懸垂下降で沢床に降りる。降りた正面はさっきの慰霊碑。呼び戻されたようで不気味だ。心の中でお参りする。

 もう昼を過ぎたというのに何がなんだかわからなくなってきた。高木が車道に登り返してやり直そうと主張。う〜ん正論だけど(今思えば正解)、あんなに黄色いテープがあったんだし、そんなに間違えてないだろうと思った。とにかくここで右往左往していても始まらない。この近くにあるのは確かだ。上流か下流にがつんと進んで可能性を片方ずつ消せばいいのだ。さあどっちだ、下流の確率が高い。下流だ。水を汲んだか。それいけ!

 正解は上流。下流に向かって林の中の急斜面を獣道を拾いながら大高巻して小さな尾根を越えて、急坂を下りじりじり進んでいったが大常木はそこに無し。しかしCLはもうどちらかというと早く焚き火がしたくなっていたので一の瀬川に向かって懸垂下降(登り返すこともできる)。
 ゴルジュの合間のちょっとした岩盤の上になんとかテントをはれるスペースがあったので幕営。夕方4時。薪を集めている間に釣り竿を出してみるが、こんな爆流帯に魚がいるとは思えず、すぐに飽きてやめた。

 なんだかよくわからない一日だったが、焚き火を囲んで一杯飲めば心が和む。現在地もだいたい把握できた。この状況でも、パーティに悲壮感はない。むしろ笑っている。もう溯行はあきらめている。でも今度来るときの為に出合だけ見つけたら帰る事にしようと話す。

 夜は寒かった。シュラフを持ってきた高木とフリースすら持ってないCL。軽量化しすぎたことを後悔。真夏の装備じゃん。


9月28日 晴
 じゃあ今日はまた高巻返してまず昨日の河原に戻ろう、そして上流にあるはずの出合に向かおうと出発。一応水は汲んでおく。
 しかし印もつけてないし、懸垂で降りた部分もあるし林の中を昨日と同じルートで高巻くことは出来ず、またルートファインディングしながら進むことになる。
 地図とにらめっこしていると高木が一言、「もう稜線に上がろう。」

 なによりトラバースは足元に神経を使うし、メンバーは初級者。昨日と同じルートでないということは、昨日の河原に戻れない可能性もある。すると車道に上がることすら困難にもなりうる。確かに岩岳尾根の登山道に上がるなら安全だし迷わない。今日またトラブルがあると本当に厄介なことになる。大常木は見ておきたいが・・・仕方が無い。ものども、藪漕ぎじゃ!

 急坂をガシガシ上がって行くとやせ尾根にでる。そこにはなぜか踏み跡がある。ペンキもついている。視界が開け、大常木谷が尾根の向こうに見えた。もはや指をくわえ眺めるしかない。リベンジを誓う。
 このやせ尾根は途中で広くなり、岩岳尾根へとつながる1388ピークに続いているようだ。ペンキマークと踏み跡を追っていける。このピークからは背丈以上の濃い笹薮漕ぎだが踏み跡のおかげでそれほど辛くない。昔の林業用の道だろうか。

 藪の中を登っていくと健介「あれは・・・!」
 ん?藪が切れて・・・道だ!ついに岩岳尾根に出た。思わずやったーと叫んでしまった。皆大喜び。10時45分。

 岩岳尾根はエアリア赤点線ルートだがよく踏まれていて問題なし。13時15分車道に飛び出し今回の冒険は終わった。

 丹波山温泉は新しくて広くてなかなかよかった。
 こういうハマリからの帰還は妙に充実感があり、楽しかったと本当に思った。一方で帰ったら笑い者だという恥ずかしさも込み上げていた。

後日談——————(反省)
 家に帰って「一の瀬川本流」の溯行図を見てみると、ゴルジュで我々が見た5m幅広滝は、「ナイアガラNo.1」で間違いないだろう。もしこの溯行図を持っていたら、現在地はすぐにわかった。紙切れ一枚で解決する話だった。我々は出合よりも500mほど下流に降りていたようだ。いくらなんでもそんなに下流にいるとは思ってなかったのだが、もしその可能性まで現地でもっとよく吟味していれば、あるいは現在地を特定できただろう。ただ、その場合本流沿いに上流に向かうと、一の瀬川本流の核心部の一つを越えねばならず、それはそれで難渋しただろう。

 初めの車道の切り通し地点は正しかったとしたらその後どこからか慰霊碑に降りる(?)テープに誘導されたのか。地図で見ると車道からあさっての方向に降りていたことになり、コンパスでも合わせていれば異変に気づいたかもしれない。でもちゃんと小尾根どおしに降りたはずなのにと、この点には未だに謎が残るが、この可能性が高いと今のところ考えている。にゅうだ・・・。
 でも、高巻や懸垂下降の練習になったのは確か(負け惜しみ)。
 いーもん、楽しかったから。

 あー沢行きてぇ。

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追記 (高木)

大常木リポートの補足です。

大常木谷へ行ったことがある同僚に、出合の位置を聞きました。私たちが車道を離れた切り通し地点から、別の踏み跡をたどるのだそうです。

> 一の瀬川への下降点に溯行図に記載のある道標が無いことは一橋大の記録から
>知っていたので、運ちゃんにも協力してもらいそのあたりをうろついて車道の切
>り通し地点にある赤テープと、踏み跡を発見。

> 一の瀬川に降りるルートは険しいと聞いていたので溯行準備をしてから下り出す。踏み跡は始めしっかりしていたがやがて交錯し、それでも下方へ続いている。

確かに、私たちがたどった踏み跡はしっかりしていました。同僚も初めは私たちと同じルートで河原まで降りてしまったそうです。

切り通し地点から上流側(北東方向)へ行くと、別の踏み跡があります。この踏み跡はさらに2手に別れますが、やはり上流側へ。小ピークがあり、小さなコルを越えて下降すると出合の上流に出るそうです。


「トレースは利用するもの。信用しちゃいけない」
1年生の時、深畑さんに習いました。
にゅうだ・・・