2002/6/15 セドの沢左俣
セドノ沢左俣遡行記録
文責 関口(22期)
<期日>
2002/6/16 朝発日帰り(天気 曇り時々雨)
<メンバー>
CL関口(22期) 伊藤(14期) 中嶋(16期) 荒木(19期)
<行程>
9:30滝沢キャンプ場〜10:30戸沢出合(遡行準備)〜10:50水無川本谷出合〜11:15本谷F1(セドノ沢出合)〜12:00二股〜13:00大滝14:00〜15:00戸沢出合16:40滝沢園キャンプ場
<詳細>
前日の乱痴気騒ぎのために胃からこみ上げるものを押さえつつ2時間近く歩いて戸沢のキャンプ場に着く。遡行準備。源治郎沢出合下で入渓。うだうだと河原を越えて水無本谷F1に着く。右俣隊が登っているんで早くも休憩。で右俣隊が登り終わってこちらはリード荒木さん、ビレイ関口。だが右股隊ラストの橋元氏が登り切っていないうちに登り始めてしまっていたようだ。ここら辺も隊が別でも笛などを使って意志疎通をしておかねばならないところだ。
セドノ沢出合から二股までは地形図、遡行図通りすぐ。F1,F2(ご丁寧に看板が)とも簡単に越えられる。登るときは。特に巻くこともなくやや速めのペースで13mの大滝へにつく。
13m大滝
まず最初に自分はこの滝を見て、「じゃあ僕が登って難しいようだったら上からザイル出しますね」とぬかしたようだ。これを聞いて伊藤さん、荒木さんからいやいやちょっと待てとのお声がかかる。伊藤さんが以前の東京周辺の沢を取り出して見せてくれ、ルートを見定めるよう促してくれた。ガイド通り水流の右を直上し、途中で右壁に登るルートをとることに決めリード関口、ビレイ荒木さんで登る。まずはややテラス状になっているなっている右壁を進んで水流のすぐ右に取り付く。一歩上がったところ辺にハーケンがある。多少手も悪いが足はあるため登れる。3mほど登ったところから斜度は緩やかになるがかなりナメている。残置シュウリンゲでランニングをとった。(ハーケン自体まではかなり距離がある)この後のハーケンが右壁に付いているため、ナメたところををまたいで斜上して右壁に取っ付きそのまま登り切る。終点にはハーケン2本があった。2番手は中嶋さん。プルージックで登る(今思えば滝は曲がってはいるが釜でもないためトップロ−プも可能であったか)。関口が水流の右のナメを直上したところを、ホールドの効くきそうな水芯にルートをとったがそちらもあまり良くなかったようで落ちてしまった。テラス状の部分には立てられたのだがロープが右壁ぴったり取ってあったためプルージックの分振られてしまったようで(右?)足首をつよく打ち付けてしまった。プルージックがのびきってしまいはずせないため伊藤さんがぎりぎりまでいってナイフで切断、とりあえず姉御を下におろしてくれた。CLは上でお助けひもを作るなど状況が把握(理解)できずにいる中結局伊藤さんの決断により懸垂下降した。下で伊藤さんの提案により下降することにし、しばらく休憩した後そのまま沢を下降した。
中嶋さんの荷物は伊藤さんが持ち、途中懸垂下降に4回ほどザイルを出した。またセドノ沢F2は右岸の鎖をつたって降りた。本谷F1は鎖で懸垂したが結局回収できなくなり、関口が鎖をつたって回収に。それ以後は早々に右岸の登山道に上がり戸沢出合の駐在所まで。駐在所で装備解除。駐在所のお巡りさんに湿布をもらおうとするが置いてなく、その代わりに長々とうんちくを聞かせてくださった。関口についていたヒルを見て「ヒルが血を吸うってことは健康な証拠で〜〜」なんやかんや。適当にして滝沢園に向かう。キャンプ場に付く。1番乗りかと思いきや本谷隊の一部の方々が。嗚呼恐るべし。
<反省(する事がいっぱい)>
■滝を登るか巻くかの判断をもっとメンバーの様子、状況を見て行わなければならない。というか判断が甘いようだから意識して判断を厳しくするようにしなければ。毎度毎度ですが。
■状況をつかめていない。中嶋さんが落ちて取りあえず下で休むようにしていたときも引き返すことは全く頭の中になく結局伊藤さんに行動を指示してもらうまでなにも考えてなかった。もっと多くの選択肢を考慮して状況に応じた判断ができるようにならなければ。
とまあこんな感じでした。もう1度行くことはあるかなあ?