2011/12/10-11 八ヶ岳・東天狗岳
-------天狗岳登山計画書------
■期日 2011年12月10-11日(土日、当日発)
■山域 八ヶ岳・天狗岳
■在京責任者 小谷田
■在京本部設置日時 2011年12月11日19時
■捜索要請日時 2011年12月12日10時
■メンバー 3名
CL山崎 SL白川 田代
■アプローチ
高田馬場駅ロータリーにて6時集合、白川号(青い**ナンバーのフォレスター)にて稲子湯へ
■行程
一日目:稲子湯(2:20)しらびそ小屋(1:30)本沢温泉・泊(0:08)雲上の湯 = 3:50
二日目:本沢温泉(1:30)夏沢峠(2:00)東天狗岳(0:40)西天狗岳ピストン
(1:00)中山峠(3:00)稲子湯 = 8:10
※時間があれば雪訓(雪があれば)
一日目:ビーコン探し、弱層テスト
二日目:西天狗岳の斜面で滑落停止
■エスケープ
本沢温泉まで=引き返すか本沢温泉へ
夏沢峠まで=本沢温泉へ
箕冠山まで=山びこ荘@夏山峠へ
天狗岳周辺=根石山荘へ
天狗岳より先、中山峠周辺=黒百合ヒュッテへ
それ以降=しらびそ小屋、稲子湯
■地図 二五万「松原湖」「蓼科」「八ヶ岳西部」
エアリアマップ「八ヶ岳」
■食当 10日夜 山崎(インドカレー4人分+米4合の予定) 11日朝 田代(もちの予定)
お酒、心意気:適宜
■共同装備(持ち出し)
テント一式(エアライズ) 田代
コッヘルx2 山崎
ヘッドx2 山崎1、白川1
カートリッジx2 山崎1、白川1
たわし 山崎
ゴミ袋2 山崎
ビーコン3 山崎2、白川1
ゾンデ3 山崎3
ろうそく1 山崎
天気図、ラジオ 山崎
救急セット 田代
田代用シュラフ 山崎
■個人装備
□ザック □マット □シュラフ □シュラフカバー □冬用登山靴 □スパッツ
□アイゼン □ピッケル □スコップ □ワカン(スノーシュー) □ビーコン用単四電池x3
□雨具上下 □防寒具 □手袋 □オーバーミトン □ゴーグル (□サングラス)
□帽子 □替え靴下 □替え手袋 □替え下着 □ヘッドランプ □予備電池
□ロール □食器 □行動食 □非常食 □地図 □コンパス □ライター
□計画書 □保険証のコピー □身分証明証
□遭難対策マニュアル □緊急連絡カード □筆記用具 (□サンダル)
□温泉セット □日焼け止め □カメラ (□水着)
※適宜取捨選択のこと
※露天風呂に裸で入りたくない場合は、水着を持ってくること
■参考
新版・日本雪山登山ルート集 山と渓谷社
-------東天狗岳登山記録------
■期日 2011年12月10-11日(土日、当日朝発)
■山域 八ヶ岳・天狗岳
■メンバー 3名 CL山崎(25期)SL白川(26期)田代(32期)
■コースタイム
一日目:稲子湯12:40ー14:20しらびそ小屋ー15:30本沢温泉・泊(雲上の湯へはテン場から10分)=2:50
二日目:本沢温泉5:35ー7:00夏沢峠ー8:50東天狗岳9:00ー9:30分岐、白砂新道へー10:55本沢温泉ー12:30しらびそ小屋ー13:30稲子湯
=7:55
※二日目、予定では東天狗岳から稜線伝いに中山峠へ行くことになっていたが、稜線上の風がキツかったため、
なるべく早く稜線から外れるべく、東天狗岳から引き返して白砂新道を使って本沢温泉へ下りました。
■記録
事情により8時半に高田馬場を出発。入社3年目になる白川くんの"それ"は板に付いておりました。
渋滞に捕まることなく、富士山、甲斐駒、八ヶ岳を眺めながら、高速を走る。BGMから”けいおん”は
外したのこと。宇多田がなかなか終わらない。少し遠回りはしたものの、12時過ぎ到着。後でわかった
ことだが、稲子湯の小屋より奥のゲートまで車を入れることができる。
雪はあったが、地面が半分出ている。ラッセルすることなく軽快に進み、坂を登ってしらびそ小屋に
着く。みどり池は凍っていたが、上を歩くことはできなさそう。空は曇り掛かってきた。本沢温泉に
着き、テン場を整地。雪は少なくパウダー状なので雪を払いのけるだけ。渉と白川は雲上の湯へ出かけ、
その間、露天風呂を拒んだ田代くんには夕飯を作っておいてもらう。
雲上の湯には先客が2名おり、彼らと入れ違いで入る。果して雲上の湯は雲上であった。先客に学ん
だことは、問題は湯から出るときだ、ということ。湯に入る前に、タオルや上着などの置く位置を計算
しておかなければならない。まず上半身を湯から出して、タオルで上半身を拭き、上着から着る。今度
は裸足で雪の積もる地に上がり(冷たい!)、下半身を拭く。凍てついた風が股間を通り過ぎて往く。
おとなしくズボンを穿き、最後に冷えた足を湯に浸けて温め、靴を履く。山行の一大イベントを済ませ、
日が暮れる前にテントに戻る。
水は近くにある小川の水を汲んで沸騰させて飲めることができたが、田代くんがたくさんの東京の水
を持ってきてくれたのでその必要はなかった。晩飯はデリーのインドカレーのルー(4人分900円也)に
鶏モモと茨城産しめじをぶっ込んだもの。米は翌日の分も含めて、5合炊く。持ってきた納豆は余分
だった。温めた老酒を少し飲んで、7時就寝。白川氏と田代くんは前日の睡眠時間が足りていないよう
で、9時間の睡眠時間を確保。シュラフに潜ると温泉の硫黄臭が身体に染み付いているのがわかる。
4時起床、前日に炊いた米の余りで雑炊。夜中に降っていた雪はやんでくれていた。凍りついたテント
を撤収して、ヘッドランプを点けて夏沢峠へ登る。稜線の向こうからの西の風が強かったが、峠の小屋
からは東の空に晴れ間が見えて、眺望を楽しめた。ここからは薄い樹林帯の中を進む。樹林帯を抜ける
と、根石山荘の峠に出るが、風が半端ない。登りの途中の岩陰でアイゼンを装着。雪の量がまだ少ない
ため、岩が出ていて、アイゼンが効きにくい。根石岳をトラバースして、本沢温泉へ下りる白砂新道の
分岐点に着く。西側からの風が半端ないので作戦会議。強風に晒される稜線での歩行を少なくするべく、
東天狗岳を目指して登った後は引き返して、白砂新道を下ることにした。白川氏がトップで切り込み、
田代くんが後に続く。自分の吐息で目出帽の左半分が凍ってくる。なんとか山頂に着き、中山峠方面の
景色が望めた。空は濃い藍色。そしてブロッケン現象の連続。西天狗岳の山頂も一瞬だが覗かせた。
コマネチなどかます余裕などあるわけがなく、写真を撮って、下山開始。下山時は右から風を受ける
ことになり、登りよりはマシになる。分岐から白砂新道に下りた途端、風はなくなり安堵する。白砂
新道の下り始めは尾根の左へ下りそうになったが、尾根の右へ下りることを意識してトラバース、赤
テープを辿る。見上げれば青空が広がり、木漏れ日はぽかぽか。風がなくなるだけで、平和になる。
本沢温泉にて、冬期は白砂新道を登るのは禁止、との看板。温泉は稲子湯まで我慢して進む。途中、
練習のため田代くんはワカンを着けて歩くが、雪が少ないため、可哀想にワカンの効果を実感する
ことができない。しらびそ小屋から稲子湯へは飛ばして歩く(走る?)。稲子湯は硫黄に加えて鉄の
成分があるようだ。硫黄成分は本沢温泉の方が濃い。
帰りは、清里ラインだったか、清里あたりの景色がよかった。八ヶ岳、ミズガキ、茅ヶ岳、甲斐駒、
鳳凰、富士山に囲まれている。稜線では風がキツかったが、昨日も今日も車からの景色は快晴。夜に
なると月が奇麗だった。「今夜は月が奇麗ですね。」という台詞をどう使うかについて、助手席で
なんだかんだ(;゜Д`)白川氏が云ふている。
ところで下山後、10日は皆既月食だったという情報を得る。しっ、知らなんだっ!そういえば、田代
くんがテントの中、寝言で「バルス!( ° Д ° )」って叫んでたっけ?
■その他
稜線では風が強かったのですが、なんとか無事山頂に行って来ることができてよかったと思います。
メンバーの皆さまありがとうございました。
田代くんにとっては初めての雪山山行でした。訓練的なことはできませんでしたが、強風を経験できたし、
山頂に行けたことだし、ブロッケン現象見られたことだし、初めての雪山登山として、勝手に佳しと
させていただきます。これに懲りずに、今後もどうか僕をつついて山に誘ってください。
白川くんいろいろとありがとうございました。車もそうですが、たぶん白川氏がいなかったら雲上の湯は
足湯だけにしていたことだろうし、山頂も目指さなかったことだろうと思います。ただ、どうやって2時間
半遅れたことを埋め合わせればよいのか、申し訳ないが僕にはいいアイデアが思い浮かびません…。