2017/11/4-5 道志山塊縦走

山岳愛好会雷鳥(東京大学・お茶の水女子大学公認サークル)
道志山塊縦走
作成者 木下
□日程 2017年11月4日(土)・5日(日) 一泊二日・予備日なし
□山域 道志山塊
□在京本部設置要請日時 2017/11/4/2000・5/1900
□捜索要請日時 在京本部設置翌朝1000
□メンバ(計4名)
 CL木下 SL川瀬 位高 柳田
□地図
■2万5千図 「大室山」「都留」
■山と高原地図 「27/28高尾・陣馬」

□行程(通過目安時刻)
■4日
 厳道峠0825
→御牧戸山0910
→細茅ノ頭1000
→ワラビタタキ1100・1115
→朝日山1210・1225
→ブドウ岩ノ頭1335
→菜畑山1435・1450
→和出村バス停1555
→民宿北の勢堂1640
 [歩行計7時間30分]
※菜畑山1430発を目安として、時刻が遅い場合は菜畑山から曙橋に下りて北の勢堂に向う、30分短縮。
■5日
 民宿北の勢堂0700
→曙橋バス停0720
→菜畑山0855・0910
→水喰ノ頭1000
→今倉山東峰1120・1140
→赤岩1225・1240
→道志二十六夜山1340・1355
→芭蕉月待ちの湯1520
 [歩行計7時間15分]

□エスケープ
・厳道峠から久保へ
・ワラビタタキから大栗へ
・朝日山から竹之本へ
・本坂峠から戸渡へ
・菜畑山から和出村へ
・今倉山から道坂隧道へ
・西ヶ原から道坂隧道へ
・二十六夜山から金山神社へ

□集合
 11月4日 藤野駅0725

□交通
■行き
・JR中央線
 新宿0622→0705高尾0706/0711→0719/0724藤野 新宿から970円 京王線利用で600円
  藤野0719着は高尾始発・0724着は立川始発
・タクシー
 藤野駅→厳道峠
  40分 ~6500円
  藤野交通 042-687-3121 0730発予約済

■帰り
・富士急山梨バス都留市内循環線
 左回り1007/1407/1827発
  赤坂まで13分 都留市駅まで24分
 右回り0754/1154/1554発
  都留文科大学駅まで22分 都留市駅まで33分
 一回200円
・タクシー
 芭蕉月待ちの湯→都留市駅
  20分 2500円前後
  富士急山梨ハイヤー 0120-818-229
   ツルタクシー 0554-43-2349
・徒歩 芭蕉月待ちの湯から赤坂駅または都留市駅まで80分程度
・富士急行線・JR中央線
 都留市発1511/1612/1634/1710/1754/1805/1828/1902/1954
→大月着 1529/1628/直通/1729/1812/直通/1844/1921/2010
→大月発 1547/1652/1652/1734/1820/1820/1856/1925/2017
→新宿着 1714/1806/1806/1916/2001/2001/2030/2053/2148
  終電 都留市2229→0040新宿 京王線利用で0025着
 新宿まで1780円 京王線利用で1400円
  都留文科大学発車は都留市発の5分程度前 直通快速も停車
  赤坂発は都留市発の3分程度後 快速は通過

■土曜日中止の場合(北の勢堂までの交通)
・都留市駅から タクシー 40分 6000~7500円 徒歩約4時45分
・バスタ新宿1115→1329旭日丘 富士急行バス(高速) 2050円 他多数
 旭日丘1345→1419唐沢 富士急山梨バス 1010円?

■日曜日中止の場合(北の勢堂からの交通)
・都留市駅まで タクシー 40分 6000~7500円 徒歩約4時間45分
・唐沢1056/1516→1130/1550旭日丘
 旭日丘1135/1605→1355/1825バスタ新宿 他多数 最終1940発
  一部除き平野でも乗換え可 東京駅行もあり
・唐沢1056/1516→1130/1550旭日丘1219/1622→1254/1657富士山駅
  富士急山梨バス 1440円? 平野でも乗換え可
 富士山→新宿 毎時2本 2~3時間
  富士急行線/JR中央線 2340円 京王線利用で1960円
・道坂隧道バス停まで 徒歩約1時間50分
 道坂隧道→都留市駅 富士急山梨バス 0840/0940 30分 650円
・菅野上バス停まで 徒歩約3時間15分
 菅野上→都留市駅 富士急山梨バス 0850/0950/1120/1520 20分 460円
・道の駅どうしまで 徒歩約20分

■エスケープ時
・道志小学校から和出村・唐沢方面・旭日丘行のバスは1040/1500発

□宿・温泉
・民宿北の勢堂 0554-52-2102
 二食付6500円? 4人2部屋予約済
・芭蕉月待ちの湯
 710円 食堂有り 10時~21時 月曜定休

□遭難対策費
 200円/人*4人
  計800円

□日没日出
 11/5日没(東京):1642
 11/6日出(甲府):0612

□ラジオ周波数
■NHK第一:東京594kHz/甲府927kHz
■NHK第二:東京693kHz/甲府1602kHz
■NHK FM :東京82.5MHz/甲府85.6MHz

□警察署電話番号
 山梨県警
 上野原警察署 0554-63-0110 (上野原市:朝日山までの稜線の北側)
 大月警察署  0554-22-0110 (道志村・都留市:稜線南側と朝日山以西)

道志山塊縦走記録
 11月20日 木下 作成

□日程 11月4日(土)・5日(日)
□天候 4日晴ノチ曇 5日快晴
□メンバ(計4名)
 CL木下亮平 36
 SL川瀬翠 38
 ・位高千実 35
 ・柳田幹太 35
□オーダ 川瀬-位高-柳田-木下

□計画
■4日
 巌道峠:0825
→御牧戸山:0910
→細茅ノ頭:1000
→赤鞍ヶ岳:1100・1115
→朝日山:1210・1225
→ブドウ岩ノ頭:1335
→菜畑山:1435・1450
→和出村バス停:1555
→民宿北の勢堂:1640
 [歩行計7時間30分]
■5日
 民宿北の勢堂:0700
→曙橋バス停:0720
→菜畑山:0855・0910
→水喰ノ頭:1000
→今倉山東峰:1120・1140
→松山:1225・1240
→道志二十六夜山:1340・1355
→芭蕉月待ちの湯:1520
 [歩行計7時間15分]

□行程
■4日
 巌道峠:0800?・0815
→御牧戸山:0852
→稜線南側ニ工事中ノ林道終点:0917
→細茅ノ頭?:0947?・0959?
→赤鞍ヶ岳:1034・1045
→朝日山:1134・1147
→ブドウ岩ノ頭:1249・1301
→菜畑山:1358・1430
→和出村登山口:1525
→和出村バス停トイレ:1545?・?
→谷相辺リカラ宿ノ迎車
→民宿北の勢堂:1603?
■5日
 民宿北の勢堂(宿ノ車ニ乗車)
→川原畑ノ養豚場上、橋ノ手前:0715・0721
→950m送電線下カラ藪ニ入テ尾根直登、1020m林道ニ復帰
→テレビ塔:0809
→菜畑山:0835?・0850
→水喰ノ頭ノ先、最低鞍部ヲ過ギテ1300m位:0942・0955
→今倉山東峰:1030・1046
→松山:1118・1138
→二十六夜山:1223?・1248
→芭蕉月待ちの湯前バス乗車:1412?
→都留市駅:1436


□総括
 道志山塊の主脈を核心部の今倉山に向って東から縦走する計画で、途中道志の民宿に宿泊した。二日目は四月に予定していて積雪のために中止したもの(菜畑山・今倉山[raicho12191])と同じ計画である。今倉山以西は割合とアクセスがよく展望もあるので人が多かったが、一日目は山中で全く誰にも会わず、極上の静かなる山だった。素朴な里山の味わいと雑木林の色とりどりの紅葉、黄葉、落葉を満喫し、山村の民宿の暖かな親切にも満足し、また所々から丹沢や奥多摩、富士山に南アルプスまでの展望をも得た。
 その一方で、7時間コースの低山を二日続けるのには意外と苦しいこともあった。数箇所を除いて殆どは林の中の道なので美しいとはいえ飽きが来るし、また道は稜線にぴたりと張りついていてひとコブ越えるごとに真直ぐに急な登り下りを経なければならずなかなかのアルバイトだった。時間や標高差を考えるとちょっとした夏山の中日ぐらいには相当するハードネスがあるので、それなりに心していかないといけない。
 道志山塊は路線バスが少ないので行きづらく思えるが、高速バスやタクシーなどをうまく組合せるとさほど不便なところでもなく、人のいない山を歩くのにも、民宿を使った気軽な山旅にも向いている。中央線からアプローチできる人のいない一般ルートというのは魅力があろう。赤鞍ヶ岳や朝日山まではかなり地味だったが、菜畑山あたりは適度に明るく、今倉山から先は人が増えるものの松山は展望が素晴らしかった。日帰りのハイキングでも、静かに歩きたいなら菜畑山から今倉山、展望を楽しみたいなら今倉山から二十六夜山といったコースが考えられそうだ。春秋に限らず積雪期でも、トレースは少ないだろうが上手く計画すれば展望独り占めの充実した山行になるだろう。初夏や初秋では草や藪が深いかもしれないので、紅葉の中盤から残雪期ごろまでが適期と思われる。


□ルート状況
■交通
 巌道峠までは上野原か藤野からタクシーが便利。例によって横山厚夫さんを引用すると、『東京から見える山を歩く』(1990年)の「赤鞍岳」の項で「上野原からのタクシーが巌道峠まで登ったのには驚いた」と書いておられるので、タクシー屋さんにとっては得意な道なのだろうと期待していたのだが、考えてみればここに車道が開通して横山さんがこの原稿を書いて後、もう三十年程が過ぎている。舗装は所々穴が開いているし、枝が落ちたり蔓が下がったりしているし、山が崩れかかっているところもある。藤野駅から30分程乗って5320円(想定より安かった)ではなんだか申し訳ないくらいだ。なお今回は藤野交通に予め電話しておいたが、ここは本来8時営業開始だそうで、無理を言って7時30分に配車してもらったのでなお恐縮する。山道の運転はさすがだったが、こちらへ走ることはあまりないらしく、「久保から上がるのか」と訊かれたので「回り込まずに秋山温泉から」とお願いした。なお峠の名は、山と高原地図に従った「厳道峠」でなく地形図の「巌道峠」が正しいようだ(読みを考えれば当然か)。ただし河田楨さんの『一日二日山の旅』(大正12年初版)では「雁道峠」としている。
 道志川沿いの路線バスは極端に便が悪い。休日には山中湖から和出村まで2本あるだけで、これは新宿山中湖間の高速バスと連絡している。路線バスと高速バスで3000円程度なので、大室山や赤鞍ヶ岳から三国山や石割山まで、道志及び西丹沢の山行に日帰りでもうまく使えそうだ。
 ここの国道413号線(道志みち)は細い割に一日中交通量が多いようだ。特に休日夕方は山中湖方面から帰る車が多い。歩けないことはないが、民宿の送迎などを積極的に利用した方がよい。
 道坂峠から都留市駅と、芭蕉月待ちの湯から都留市駅には本数は少ないがバスが走っている。細かいことだが、二十六夜山から芭蕉の湯方面へ下山して人家に下りたところはバス通りでなくバスは一つ下の道を走っていること、また循環バスの為に例えば都留市駅でなく赤坂で降りるとか都留市駅手前で分岐して市立病院に寄り道する前に下りて少し歩くなどした方が時間を得することが多いことに注意されたい。
■民宿
 当初は「大屋」に宿泊予定だったが、山行数日前に電話した所、(本当かどうかわからないが)予定日は都合が悪いので客を泊められないとのことだった。電話での親爺の応対は四月の計画で予約した時の女将にもまして感じが悪かった。田舎のこととて仕方がないか。道志川沿いには民宿が多数あるようで、多くは釣りと学生の合宿を相手にしているようだが(しかし今時でもやっていけているのだろうか)、立地や価格を考慮すると今回の旅に適する選択肢は少なかった。和出村バス停の目の前にある日野出屋はこのあたりではやや有名な鉱泉宿だが、少々高いうえに肝心の風呂が混浴で不適。また近くの光荘は何度電話をしても出てもらえなかった。少し南へ歩いた道志の湯に養生館という宿泊施設が隣接しているらしい情報もあったが新しい情報に不足で、結局、少し遠いがwebサイトを見ても安心できそうな北の勢堂に世話になることにした。これが素晴らしいご縁だった。
 北の勢堂の女将は全国の民宿から「農林漁家民宿おかあさん100選」に選ばれているらしく、非常に親切で明るく親しみやすい人だ。一日目下山後に電波の悪い和出村バス停から途切れ途切れの電話をしたところ心配してすぐに車で迎えに来てくれ、二日目の朝も予定より上の方まで送ってくれた。この日他に客はおらず、女性部屋には八畳間が、男子部屋兼集会部屋として八畳間と十六畳間を繋げた大部屋が充てられ、それぞれに炬燵が用意されていた。御飯はたいへん美味しく、品数も量も豊富。お米は自分で作っているとのことだったから野菜も大部分が地の物だろう。朝食は何時でも要望の通りに用意してくれるようだ。風呂が一つで男女交互入浴になることや廊下でもトイレでも煙草が吸えることはもう気にならない。実際的な不便は道路側の部屋がうるさいことと部屋が広すぎて寒いことくらいか。これで6500円、4人で税込28080円では大満足、当初予定の宿よりお得だった。ここにはまた泊まらねばならぬと思うし、雷鳥の皆様にも猛烈にプッシュする。
■一日目
 巌道峠は自転車で越えている記録はインターネットにも見かけるが、車はなかなか走らないようだ。車道の開通は秋山道志両村の交流を復興するものとして大事業だったらしく、記念碑が建っている。
 歩き出してすぐに、送電線の下のススキ原から大室山と富士山の展望が広がってこの先への期待が高まるが、同時に急斜面を馬鹿正直に直登する道で不安もよぎる。結局、大きな展望は菜畑山までほぼないが、ルートは常に急な登り降りだ。道は殆ど雑木林の中なので、少しずつ植生の変わっていく美しい樹林を楽しんで歩くべし。
 赤鞍ヶ岳まで指導標は殆どない。長尾あたりは尾根が広くなるが、そう迷うことはないだろう。長尾の先で南側から新しい舗装道が走ってきて尾根にぶつかって終点になっているところがある。手元の地形図や山と高原地図(2015年版)では竹之本から赤倉沢を渡って赤鞍ヶ岳の下で止まっている道か。今後尾根を削って秋山へ道が通じるのかもしれない。
 赤鞍ヶ岳の山頂は奥まったところにある。笹藪の直登を避け雨量計の側から回り込んで少し戻った位置に三角点と小さな手書きの山頂標がある。なお先の『東京から見える山を歩く』には「この山を蕨叩きとする本もあるが、それは誤り」とあるが詳細不明、正統な山名でないというくらいの意味か。『一日二日山の旅』の方ではこの赤鞍ヶ岳を「ワラビタタキ」としているように読める。
 朝日山は少し大きいがこちらも地味でやや暗い山頂、大きな山頂標があるがこちらにも赤鞍ヶ岳とあり、途中の指導標もそれに従っているので紛らわしい。
 菜畑山まで大きなアップダウンが連続する。東西に延びた菜畑山の頂からは西丹沢と富士山の眺めがよい。『一日二日山の旅』では「菜畑裏」となっている。
 下山も急な道。地形図で1100mから1000mまで南東にまっすぐ下りる道はおそらく通れない(山と高原地図が現実に即している)ので林道を辿る。「送電線下はカヤのヤブ」は殆どススキなので大したことはない。人家に出て舗装道を降ると、国道は交通量が多い。バス停にトイレがあり、向いに商店が一軒ある。
■二日目
 曙橋からうねうねと急な林道は全部歩くとしんどそう。送電鉄塔の下は木が刈られてススキを中心とした藪になっており、作業のためか踏み跡もあるが、惑わされずにテレビ塔まで林道を辿るべし。菜畑山までの急坂は登りの方が楽だ。
 今倉山までにもまた多少のアップダウンがある。今倉山から菜畑山までは歩く人が時折あるようだ。今倉山東峰はさほど広くなく、展望もない。西峰にも小さな山頂標だけ立っている。こちらには「御座入山」と書かれており、しかも東峰を指して「今倉」と書き足されているので紛らわしいが、東西の峰を含めたこのあたり(恐らくは松山あたりのコブも含めて)をかつて御座入山と呼んでいたらしい。
 今倉山から先はよく歩かれており、意外なほど人がいる。松山は狭いので大休止には適さないが、二日間で一番の眺望が得られる。西丹沢や富士山は言うに及ばず、奥多摩、奥秩父、大菩薩、八ヶ岳の山々に加え、南アルプスは殆どの主要な山がはっきりと認められる。
 二十六夜山の手前で尾根が削られて新しい林道が走っており、階段を下りて林道に乗ると北に少しずれたところから山道が再開する。2015年版山と高原地図では「林道が横切る」と注があるのみで林道が描かれていないが、道坂隧道から中ノ沢ノ頭の下まで描かれている道が伸びたに違いない。
 二十六夜山は小さいながら明るい山で、御正体山から富士山の側が開かれている。反対側も中央線沿いから奥多摩まで馴染みのある山々が同定できる。降りは少し暗い急な道で、北斜面でもあるから積雪期は難儀するかもしれない。またトラバース路を横切る沢が仙人水とされており、これは美味い水だが道に広がって濡れているので凍ると厄介そう。
 少し舗装道を辿って人家に出、右へ暫く行くと芭蕉月待ちの湯で、この間に一部未舗装道を含む。バスは芭蕉の湯を出ると一つ下の車道を走るので、ギリギリのバスに乗りたいなら人家へ出たところから左へとる方がよさそう(湯に入らずに早く帰りたいなら二十六夜山から引野田へ下りるのがよいのだろう)。芭蕉の湯はそれなりに大きい建物で、車がたくさん停まっていたから、山帰りの人よりもキャンプなどで遊んだ親子が多いかもしれない。710円に見合う風呂かどうか、入っていないのでわからない。


□紀行

 思っていたよりも細く険しい峠道を、女性運転手のハンドル捌きでするすると登り、峠の頂点には8時頃に着いた。今回は春に中止した時と同じ三人に加えて、柳田さんとは久々の山行。タクシーも四人で乗ればお得だ。峠の上に人の気配は全くないが、まだ新しい蜜柑の皮などが落ちていて、恐らくはツーリングの人が時折通っていることが窺われる。二枚の立派な石碑によれば、道志秋山両村のかつて密接であった交流が自動車社会の到来とともに疎になっていたところへ、両村の文化を繋ぎとめる悲願の大事業として開通した峠道だそうだ。その大義は達成されたものかどうか。これも歴史の中での一つの峠には違いないし、その恩恵を被って我々も渋い山歩きが出来るのだ。
 川瀬さんを先頭に立て、「赤鞍ヶ岳」の矢印に従って山道に入る。すぐに鉄塔の下から視界が開け、ススキの原の向うに大室山と遠く富士山が姿を見せる。大室山の立派なこと!「富士隠し」の異名も納得の大きさ。二日の山旅の始めによい景気づけだ。
 しかし登りが大変きつい。踏み跡は斜面をまっすぐに登っている。こんな急登があろうとは思わなかった。先頭の川瀬さんは元気で、位高さんも柳田さんもぴったりついていく。あとでバテないように我慢して必死に登る。テレビアンテナのある御牧戸山は北の方の眺めが少し開けていたが、先頭は素通りしてしまった。自衛隊の演習の大砲の音を聞きながら(これは二日の間殆どずっと聞こえていた)美しい雑木林の中を進むと、突然左手から舗装道が迫ってきて、尾根にぶつかって終点になっている。地図にない道だが、これも道志と秋山を結ぶ峠道として新たに作られているのだろう、近々尾根が切り崩されて貫通するのだろうか。
 道は少し暗い針葉樹林になった。川瀬さんは一本目からハイペースでどこまで行くのかしらと、黙ってついていくと、一時間半も歩いてやっと休止をくれた。タフなリーダだ。たぶんここが細茅ノ頭なので、正面、林越しに見えている山が赤鞍ヶ岳ならばそう遠くないねと出発したものの、赤鞍ヶ岳はもう一つ先、しかもふたコブつながった奥の方が山頂で、その一々が急登だった。
 しかし全く静かな山だ。自分たちが枯葉を踏む音のほかは、時折遠くから響く大砲の音だけ。紅葉落葉の急登の後、道は笹藪を避けて回り込み、雨量計を過ぎて降ってしまう手前、三角点はどこだろうと少し迷って、引返した小さな山頂で休止。
 再び歩き出すとすぐに、狭い岩の上に出た。ウバガ岩だ、南面の展望が開ける。目の前に大きく連なる加入道山、大室山の、更に東に目立つのが蛭ヶ岳か。進む方向には富士山の手前に広がるのがきっと御正体山、その右が形からして今倉山に違いない、さすれば手前に続くのが菜畑山、大きな鞍部を挟んでここと尾根続きなのが朝日山だ。
 雑木林の尾根道を進むと、その朝日山が見えてきた。アップダウンの大きな尾根道がこう続くと気分がしんどい。秋の山は日の短いのが感じられる所為か、美しいのにもかかわらず飽きと焦りとが知らぬ間に気分を侵食してくる。笹の広がる山頂は、少し雲が出てきたのと相俟って何となく暗く、汗が風に冷える。まだ昼前だという気が全然しない。
 ここから菜畑山まではアップダウンが大きく、距離も長い。ちょうど半分くらい来て、尾根が南に折れるブドウ岩ノ頭で止まる頃にはもうだいぶ曇ってきた。当分雨は降りそうにないが、早く村に下りたい気分が増してくる。まだ先は長い。出発すると鞍部まで急激な降り。今までの所より少し橙を減じて黄色味を増したような林を透かして、ギザギザとした今倉山が見える。これを登りきれば菜畑の山頂か、まだもう一つ先か、また先かとへとへとになりながら、ついに最後の稜線の切れ目、曇った空が見え、鳥の巣箱の沢山作りつけられた林を抜けて山頂に着くと、皆して椅子にへたり込む。
 そそくさと下りても、国道を走る日に二本のバスに間に合うかどうか。いやそんな元気はもうない、ゆっくりと休憩しよう。南側は展望が開けている。暗い雲が低く垂れ込める中、南東には大室山と加入道山が相変わらず立派に聳えている。そのすぐ右、遠くに頭を出しているのが檜洞丸かしら。畦ヶ丸は加入道からずっと西へ、意外と離れて盛上っている。この稜線ぐるりをふた月前に歩いたのだ。そういえば九月の西丹沢縦走と今回の道志縦走とは、道志川沿いの低山を二日歩く旅として姉妹篇のように思える。メンバも宿も歩く道の形もまるで違うけれど。とにかく今回は、降りさえすれば暖かな民宿に泊まれるのだ。長々と休憩してしまったが、重い腰を上げて、早く宿へ行こう。
 急な道をぐんぐん下りて、テレビ塔から林道を辿り、また山道に戻る。送電鉄塔に出ると林が刈られてススキの原に突込み、正面に加入道山を見ながら、穂先は背丈を超えるようなススキを漕いで下りる。林に戻って沢筋まで降ると薄暗く、殆ど高低差もない村までの少しの距離に気がどんどん焦る。
 ようやっと人家に出て、道志川めがけて舗装道をくねくねと降る。道志川の流れの何と綺麗なことか!この水が流れ流れて横浜市水道局に取水され、位高さん宅の台所にまで流れているのだ。
 日野出屋旅館の向い、公衆便所のある和出村のバス停前の駐車場で腰を下ろす。ここまで来れば一安心とはいえ、宿まで45分の道のりを歩くには少々怖いほど、国道には車がびゅんびゅん走っている。四人で相談して、ダメもとで宿に電話をかけてみることにする。しかし谷間の通信は悪いらしく、いま和出村のバス停にいるのだがと話している間にもぷつりぷつりと途切れがちで、仕方ないので「今から向います!」と宣言して切ってしまった。
 16時前、気を引締めて狭い国道を歩く。すると5分も行かぬうちだったろうか、レストランや中学校を過ぎたところで、向いから走ってきたミニバンが行く手を塞ぐように民家に寄せて停車し、まさかと思う前に運転していたおばちゃんが「木下さんですか」と。上手くつながらない電話に心配してすぐに迎えに来てくれたらしい。忝い。元気な女将さんの運転で宿まで走ってもらう間、道は意外なアップダウンがあり、また雨もぽつりぽつりと落ちてきたので、迎えに来てもらえて本当によかった。
 今日の客は我々だけらしく、玄関には「歓迎木下様」と、ちょっと恥ずかしい。二階に上がる階段も膝に堪え、通された大部屋に荷物を投げ出して身体を伸ばすとしばらく動けないくらいだ、情けない。風呂は家族風呂一つだけだったので、先に女性に入ってもらい、交代で男二人も汗を流す。暫くして食事に呼ばれ、階下の食堂に入ると、想像以上に豪勢な食卓だ。鶏のソテーをメインに、野菜が煮物、炒め物、和え物、その他盛りだくさん。ご飯と味噌汁はこの四人でも持て余すほど用意があった。
 満腹で部屋に帰り、四人で炬燵を囲んで、木下が担いできた300円のワイン(PET容器とはいえわざわざ背負ってくるのは、ちょっと道志の山を舐めていた)で酔い心地。テレビを点ければ、日本シリーズ6戦目はどうやら横浜が勝ちそうだ。阪神ファンだけれど、横浜と繋がりの深い道志村としてもこれはよいこと。日本一は明日に持越して寝てしまおう。

         *

 翌朝、寒い寒いといいながら(朝は一階の廊下にストーヴが焚いてあったので部屋の中の方が寒かった)着替えて食堂に下り、テレビを点けると、あの後ホークスが追いついて延長サヨナラ勝ちで優勝したとの由、残念。
 朝御飯は晩のうちに6時に頼んでおいた。目玉焼きに焼鮭に納豆、ご飯と味噌汁はやはりたっぷりだ。これだけ食べて4人で28080円、しかも端数の80円はマケてくれた。その上、菜畑まで行くならまた送ろうか、曙橋よりもう少し上まで行ってあげるよと。お言葉に甘えて養豚場の上まで乗せてもらって、二日目も登りは自動車でだいぶ稼いでしまった。
 豚たちも目覚めだしたのか、盛んに鳴いている。これが「道志ポーク」か。うす暗い林道を登って行くと、何となく昨日と同じような送電鉄塔の下へ出た。一連の送電線なのだから昨日と似ているのは当然で、昨日鉄塔の下で藪漕ぎをしたのは曙橋への道を分岐した後だという記憶も地図も頭にあったのだが、まだ続いている林道から逸れて、ススキに突込む踏み跡に誘われるように上がってしまった。昨日の藪漕ぎが意外と楽しく、得意になっていたところもあったろう。昨日より明らかに棘のある植物の多い藪を何とか抜けても、当然、はっきりした道はなかった。道を逸れたのは明らかだから、藪を引返して林道に戻るのが正解なのだが、どうせ今の藪を下るならもう少し上へ行って様子を見てみようと、空が見えている稜線まで上がってしまった。しかしそうすると余計に降りにくく、さらに上へという気分になる。地形図を見れば現在位置は明らかで、このまま稜線を登ればすぐに林道に復帰するはずだ。「林道の走っているだろう右手に無理に下りても危ないので、真直ぐ藪を降るか真直ぐ登りつめるか、どちらかだ」と言って、そのまま登らせてしまったけれど、リーダとして「戻りましょう」と言わなくてよかったか。獣が出るかもしれないし、上手く登れなくて引返す降りに事故が起きるかもしれない。幸いに今回は見込み通りすぐ上で林道に復帰できた。
 山道になり、朝日を浴びた雑木林の中を登って行く。今日はバテないようにゆっくりと。昨日は秋の山の気分だったが、今日はもう少し冬に近い雰囲気。それでも陽が出ているので暖かい。よく晴れた山頂には8時半に着き、こちらの山脈と丹沢との間から、横浜から東京の方の街並みまで見える。昨日は雲の向うだった富士山も立派、御正体山も頭を出している。
 今日はカラリと晴れているし、朝の内でまだ元気だし、楽しい稜線歩きだ。鞍部を過ぎて急登を一つ越えたところで休止。四人縦に並んでパンなど食べていると、前方からカサコソと音がする。音に気付いた順に、「あれは人?」と顔を見合わせる。ここまで山の中ではだれにも会わなかったから、熊かもしれないと不安になったが、単独行のオジサンがやってくるのだった。歩き出した先でももう一人すれ違い、到着した今倉山には山頂に二人、二十六夜山方面へ下りて行く人が二人ほど、また休憩しているうちに道坂から上がってくる人もあった。このあたりまでくればハイカも多いらしい。
 眺望のない小さな山頂だが、ソロのオバチャンに写真を撮ってもらう。もう一人先着していたオジサンは三角点に腰を下ろしている、無礼なことをするものだ。
 西峰を越し、西ヶ原を過ぎて松山にはすぐに着いた。狭いうえに何組かが先着しており、気分はよくないが、素晴らしい大展望だ。まづ目につくのは正面に富士山と、その左右に脇侍のように居並ぶ御正体山、杓子山の完璧なバランス。御正体山は道坂からの長く平らな稜線と最後の急登が、六月の山行をはっきりと思い出させる。その杓子山の右に長く伸びる大きな山脈は、南アルプスなのだ。雪は見えず青いシルエットがはっきりと浮かんでいるから、もっと近くの低山のように見える。連なる峰々のうちで特に幅の広い二つが赤石、悪沢だろう。その左に富士と相似な傾いだ台形を見せるのが確かに聖、さすれば赤石との間に顕著なのは大沢岳か、兎岳か。聖の左でまた台形を作るのが上河内だろうか、それとも手前の笊ヶ岳などの筋が重なっているかもしれない。稜線はさらに南になだらかに続き、恐らくは毛無山か、ずっと手前の山塊に区切られている。悪沢に戻って右に視線を滑らせると、小さな凹凸の後、ピラミダルなピークが幅広い土台に乗っかっているのが塩見に違いない。さらに右は目の前の三ツ峠で一度遮られるが、三ツ峠の右に頭を出しているのが北岳だから、三ツ峠の左と上から微かに頂点を覗かせるのがそれぞれ農鳥、間ノ岳だろう。北岳の右には、残念ながらオベリスクまでは確認できないが鳳凰三山のギザギザを経て、大きな甲斐駒までが見えている。こんなに良い眺めなら、もっと広域の地形図と双眼鏡を持ってくるんだった。もう少しして高山に雪がついてきたら、空気も引締まって更によく見えるだろう。
 さらに北の方へ回ると、大菩薩、奥秩父、奥多摩に中央線沿いの山々もよく見えるのだが、こちらは近くて細かい地形がよく目につくために却って同定しづらい。親しみのある山々であるけれど、歩いたことのある山、じっくりと地図を読んだことのある山はごく一部だ。さて雲取はどこだろう。これも一度歩いたことがあれば遠目でも形だけでわかるのだろうけれど。振返ればずっと歩いてきた道志の山脈、真後ろは林に遮られるが、丹沢を経てまた御正体山へ、ほぼ全周の好展望。
 しかしせっかく好展望の山頂も、品のないパーティがいれば台無しだ。先に山頂にたむろしていた高年五人連れはろくに挨拶もせず、大声で「ここがこんなにいい景色とはね、今倉山になんか登らなくってよかったんだ」「向うの辺りももう少し木を切ってくれればもっと人が来るようになるだろうにね」などと喧しく喋り、大きな蜂の類の飛んできたのに大騒ぎして終いにはこれを踏み殺す始末。人間はなんと驕った生き物であることか。疲れも虫もなしに、昼飯を食う展望を得たいだけなら東京タワーにでも上ったらよろしい。

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 ヴァーチャル・リアリティの進歩は目覚ましい。脳に電極を刺して、部屋に寝ながら脚に疲労を感じつつアルプスの大パノラマを目に焼き付けることの出来るようになる日もそう遠くないだろう。それで済む人はそうして欲しい。ヴァーチャル・リアリティで再現できるそんな破壊的な「登山」を生の山に持込むことは断じて許せない。「山」は本質的に、山で行われなければならない。山が自己に影響すると同時に、自己が山に影響するものでなければならない。自己が山に影響するといっても、山に爪痕を残すとか山を切り開いて街を造成するといったような傲慢なことではない。そのこころは、田部重治さんの『山と渓谷』を読めば明らかだ。「山その物と自分というものの存在が根柢においてしっくり融け合わなければならない」!!
 自己より大なるものに憧れてそれと同化しようという恋の動機が、真に山岳人たるに大重要な要素である。大なるものを自己の地平に引きずり下ろして思うまま操ろうとすることを凌辱という。人は自然から生れ自然をレイプしている。かく書いている私とて例外でない。そのグロテスクな快感に溺れたまま生活していてはならぬ。そこから少しでも脱せんがために山に入るのではなかろうか。
 こちらもまた、下品なことを書いてしまった。

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 彼らが先に下りてくれれば静かな眺望が得られたのだが、狭い山頂に店を広げて、火を使っていつまでも飯を食っているようなので、哀れな蜂の仲間の逆襲のないうちに、惜しい頂を後にする。またいつか、人の少ない冬の時期に、双眼鏡を携えて来よう。
 降って新しい車道を渡り、ゆるゆると登り返すと二十六夜山。こちらはほのぼのとしたよい山頂だ。富士山の側は開かれていて、御正体山と杓子山は先ほどとまた角度が違って見える。反対側に腰を下ろすと、ぽっかりと木のない隙間から、すぐ目の前のずっと低い位置に九鬼山が見える。その一つ奥には扇山、百蔵山、間の鞍部はこんなに低かったか。その後ろで軍艦のように大きいのが権現山、さらに奥に猫の背のように、或いは餃子のように丸く盛上っているのは三頭山。そうするとその先の稜線を結んで、雲取はあれかとわかる。その左に続く奥秩父主脈は、どの山までが見えているのだろう。
 こちらに休憩している何組かのパーティは皆静かなので、我々ものんびりと休憩する。13時前。風呂に入りたいか早いバスで帰りたいかと訊くと、意外なことに三人とも、早く帰れるならそうしたいと言う。それはちょっと残念だが、早いバスに乗る可能性があるならぼちぼち降った方がよい。
 落ち葉に覆われた急な降りを気を引締めて進む。今日は街に帰るだけだから、もう苦しいことはなく、むしろ名残惜しい気分もする。稜線から外れて暗い林に下り、最後は沢沿いを進む。舗装道に出てからまだ少しある。バスに間に合うかどうか。芭蕉月待ちの湯は春に中止した山行の時から、いや実はもう少し前から、道志の山の帰りにと調べていたので、私は折角なら入りたい。早いバスに間に合わなければそれもまたよし。
 人家まで来て、しかしそこから芭蕉の湯までが意外と長く、どうやら間に合わなさそうだという気分になったのだが、バスもいくらか遅れていたらしい。バス停の前に並んでいる人がいたので寄って行くとちょうどバスがやって来た。一人残って風呂に入ってもよかったが、710円の風呂代は微妙で、西丹沢の時と同じような「ハズレ」の風呂屋の可能性も高く、一人でハズレを引くのはちと寂しい。それに駐車場には車が沢山停まっているから、混んでいる可能性が補強される。「折角だから風呂に寄ろう」という感性をメンバとともにできなかったことを無念に感じつつ、四人でバスに乗り込んだ。
 あちこち寄道する循環バスを都留市駅で降り、御正体山の帰りと同じ駅前スーパで食料を買って駅の待合で過ごす。好天の三連休最終日とて、富士急もJRも混雑していた。バスから富士急、富士急から中央線の待ち時間も長く、芭蕉の湯で二時間近く早いバスに乗ったのに、家に着く時刻は結局、一時間も変わらないらしかった。


□反省
・計画のキツさは予め過たず見定めないといけない。
・歩き始めて一本目は身体のウォームアップ、衣類の調節、体調の確認などのために、意識してゆっくりめに歩いて短めに止まるのが良い。
・体に負担をかけない歩き方、バテや翌日の疲労を軽減する歩き方も意識しよう。
・思い込みで歩いてはいけないし、おかしいなと感じたら、ましてや間違っていることを認識したなら、引返さないといけない。「正しい」「おかしい」の直観を大切に。
・山旅に適した宿を探す際、まづは役場の観光課や観光協会に訊ねてみるのが良いかもしれない。予約は早めに。

□註
 記録中によく引用する横山厚夫さんの著書のうち、絶版になっていないものを二冊、東大の総合図書館にリクエストして購入してもらいました。また今回名前を挙げた河田楨(かわだ・みき)さんの著書はいづれも入手しづらいですが、『静かなる山の旅』が三笠書房の新編日本山岳名著全集第十巻に、尾崎喜八さんの『山の絵本』、串田孫一さんの『若き日の山』と共に抄録されており、総合図書館の閉架書庫の蔵書にあります。駒場図書館には地下一階に山の本がたくさんありますので、駒場生の方がよい環境にあると思います。お茶大図書館にもきっとよい本がたくさんあるでしょう。註という程ではありませんが折角なので。