2023/9/13-16 後立山縦走
山岳愛好会雷鳥(東京大学・お茶の水女子大学公認サークル)
後立山縦走計画書第版
作成者 中田,小唄
日程
2023年9/13-16日(3泊4日,前夜発)
山域
北アルプス 五竜岳・鹿島槍
目的 縦走
在京責任者/助言役
13 大塚
14/15 宰田
16 磯貝
在京本部設置要請日時
9月16日 18:00
捜索要請日時
9月17日 7:00
メンバー
CL 中田 SL 桐原 小唄 山口(41)
集合
バスタ新宿4F 9/12 22:50
交通
行き
アルピコ交通5551便 23:05新宿→5:44白馬八方 7000円前後
第一交通 5:44白馬八方→猿倉 4340円(予約済)
帰り
路線バス 1650円 扇沢(7:55/8:55/9:30/9:55/10:55/…/17:55終)→信濃大町(8:30/ 9:30/10:05/ 10:30/11:30/…/18:30終)
高速バス 4300円 信濃大町(14:57/15:57/17:12終)→新宿(19:28/20:28/21:43終)
*あずさを使う場合は信濃大町19:11→松本20:10→新宿22:45が最終
*扇沢→新宿の直行は16:10発のみ
エスケープ
〇猿倉から
猿倉(9:10,14:35)→白馬駅(9:37,15:02)
〇鎌池から
アルプス第一交通で黒菱から白馬駅までタクシー利用(4640円)
※鎌池→白馬八方バスターミナルは徒歩で二時間半
〇アルプス平駅から
アルプス平駅→とおみ駅 16:30が最終
※下り最終16:30に間に合わない場合は遭難防止の観点から割増運賃にて延長運転を実施。その場合は、0261-75-2101 にtel。
とおみ→神城駅 徒歩30分
神城→東京 17:48までなら東京への帰宅手段はあり。高速バス、電車など
行程
1日目
猿倉-150ー小日向ノコル-120ー白馬鑓温泉小屋-180ー2478m-20ー天狗平
【7時間50分】
2日目
天狗平-120ー2428m地点-180ー唐松岳-15ー唐松岳頂上山荘-150ー五竜山荘
【7時間45分】
3日目
五竜山荘-60ー2798m地点-130ー北尾根ノ頭-20ー口ノ沢のコル-90ーキレット小屋-165ー南峰-40ー布引山-50ー冷池山荘
【9時間15分】
4日目
冷池山荘-10ー冷乗越-120ー種池山荘-110ーケルン-55ー柏原新道入口
【4時間55分】
エスケープ
〜不帰ノ嶮二峰:猿倉に引き返す
不帰ノ嶮二峰〜大黒岳:鎌池へ
大黒岳〜北尾根ノ頭:アルプス平駅へ
北尾根ノ頭〜:扇沢へ
個人装備
□ザック □ザックカバー □シュラフ □マット □登山靴 □替え靴紐 □ヘルメット □ヘッドランプ □予備電池 □雨具 □防寒具 □帽子 □軍手/手袋 □タオル □水 □行動食 □非常食 □ブキ □コッヘル □ライター □トイレットペーパー □新聞紙 □ゴミ袋 □エマージェンシーシート ︎地図 □コンパス □筆記用具 □遭難対策マニュアル □計画書 □学生証 □保険証 □現金 □常備薬 □マスク □消毒用品 □日焼け止め □着替え・温泉セット □モバイルバッテリー
共同装備
テント
ステラ3,ステラ2(桐原私物)
救急箱
苺
ヘッド
緑11
カート
3つ
鍋
竹
調理器具
ガジャマダ
食事当番
1日目夜:中田 2日目朝:桐原
2日目夜:小唄 3日目朝:山口
3日目夜:桐原 4日目朝:中田
山小屋等
【天狗山荘】予約済,50張,1000円/張+2000円/人,水場◯,前日までwebキャンセル可
【五竜山荘】予約済,2000円/張+2000円/人(9/16~18を除いて学生は1,000円割引)水場×,docomoのみ◯,電話でのキャンセルは前日16時まで
【冷池山荘】予約済,60張,学生証提示で1000円/人,100円/L,電波◯,電話でのキャンセルは前日17時まで
===========================
【白馬頂上宿舎】100張要予約,1000円/張+2000円/人,水場◯,電波×(小屋付近で◯)
【唐松頂上山荘】25張要予約,2000円/張+2000円/人,水場×,150円/Lで水販売?docomo◯
注意事項
【一般的な注意事項】転滑落,突然の降雨/落雷,強風,腓返りetc
【不帰ノ嶮について】ガレた急斜面である「天狗の大下り」は高低差300m,鎖場がありここから難所が始まる.核心はⅠ峰とⅡ峰北峰の間とⅡ峰頂上付近.Ⅱ峰北峰以降は稜線歩き.
【八峰キレットについて】キレット小屋から鎖場・ハシゴの登り.その後トラバースを経由して核心部.登り下り一方向のみ通行可.
日出/日没
日出5:22 日没18:06 @五竜岳 9/16
決行判断
前日16時まで
遭対費
600×4=2400円
登山届
コンパス:提出済 東大:提出済
https://www.mt-compass.com/ar.php?i=1756791&u=130596&c=11686ca
連絡先
現地
大町警察署 0261-22-0110
アルプス第一交通 0261-72-2221
アルピコタクシー 0261-72-2236
東大
教養学部学生支援課(平日9:00~16:50)
駒場正門守衛室(常時対応)Tel:03-5454-6666
参考
不帰ノ嶮
https://souraku.jp/home/newpage220.html
https://www.japanesealps.net/north/karamatsudake/kaerazukiretto.html
後立山縦走山行記録
■日程
2023/9/13(水)〜15(金)
■山域
北アルプス 鹿島槍・五竜岳
■天気
1日目 曇り
2日目 晴れ
3日目 雨
■メンバー(4人)
CL中田(43)、SL桐原(43)、小唄(43)、山口(41)
■総評(中田)
雨天により五竜岳以降の行程はカットすることとなったが,2日目はすっきりとした青空のもと,不帰キレットを楽しむことができた.山域の深刻な水不足の情報を受けて水をたくさん背負ったこともあり,体力面でもタフな山行となった.
今年の後立山は毎週のように遭難が発生し,本山行とまったく同じ時期・同じ山域で遭難者も出ていた.遭難はどの山域でも起こりうるものの,不帰ノ嶮のような危険度の高い山域では万全の計画と準備,注意深い判断が特に必要であると改めて実感する山行となった.
■ルート概況(中田)
◽︎猿倉〜天狗山荘
小日向のコルから白馬鑓温泉の手前までは起伏の少ないトラバース道.道が細いことを除けば特に危険箇所はないが,季節によっては杓子沢は雪溪の上を歩くことになるようである.白馬鑓温泉を通過して少しすると30分ほど岩場・鎖場が続く.
◽︎天狗の大下り
長い鎖場が何度も登場する急斜面で注意が必要.鎖場以外では浮石が多く歩きづらい.NHKのニュースによれば,本山行と同時期に単独入山し遭難した男性は,この下り区間で道を間違えて遭難したようである(頸部を痛める重傷を負ったものの,遭難から8日後に救助されたとのこと).特に早朝の暗い時間帯は大下り手前の稜線から注意深くルートをたどること,慎重に鎖場・ガレ場を通過することが肝要であると思う.
◽︎不帰ノ嶮
Ⅰ峰までは稜線の西側についたハイマツ帯の岩場でほぼ普通に歩くことができる.核心部はⅡ峰北峰の登り(北上ルートの場合は下りになる)で高度感のある鎖場が続く.岩の裂け目に渡された梯子を転換点として,ルートは稜線の西側から東側へと変わる.梯子を渡ると細い道となり,長野側は切れ落ちていて際どい.北峰直下から再び始まる岩場を超えればⅡ峰北峰ピークに到達.通行者が多い場合,この区間で休憩をとるスペースはないと考えた方が良い.北峰から南峰は,一部の鎖場を除いて,ほぼ普通の登山道となる.
◽︎唐松〜五竜
唐松岳頂上山荘から大黒岳あたりまでは難所の牛首.通過にはある程度時間がかかる.
◽︎五竜山荘〜アルプス平(遠見尾根)
白岳から西遠見山までは鎖場.大遠見山から小遠見山までは比較的平坦な道.
■タイムスタンプ
1日目[ 計 8時間00分 ]
6:30 猿倉発
7:20 休憩
7:25 発
8:27 小日向のコル
8:47 発
9:57 休憩
10:10 発
10:40 白馬鑓温泉
11:10 発
12:03 休憩
12:13 発
13:01 休憩
13:11 発
13:55 2478m地点(稜線)
14:06 発
14:30 天狗山荘着
2日目[ 計 8時間14分]
3:17 天狗山荘発
3:38 天狗の頭着
3:42 発
4:12 天狗の大下り下降点
5:20 不帰キレット底部着
5:37 発
6:01 不帰Ⅰ峰着
6:11 発
7:05 休憩(不帰Ⅱ峰北峰直下)
7:12 発
7:26 不帰Ⅱ峰北峰
7:37 不帰Ⅱ峰南峰着
7:53 発
8:33 唐松岳着
8:40 発
8:52 唐松岳頂上山荘着
9:09 発
10:28 大黒岳
11:04 休憩(2430m鞍部)
11:16 発
11:27 白岳分岐
11:31 五竜山荘着
3日目[ 計 3時間18分 ]
4:52 五竜山荘発
4:57 白岳分岐
6:20 大遠見山
6:45 中遠見山着
7:03 発
7:16 小遠見下分岐
7:53 地蔵ケルン
8:10 アルプス平
■記録
1日目(中田)
猿倉に到着したのは6時ごろ.涼しい.ゆっくり30分ほど準備して出発.4人の今年の体力が微妙なのと,山域の深刻な水不足により各人6Lほど水を背負わされているので,最初はとにかくゆっくりと歩いた.2時間ほどして小日向のコルに到着.この辺りは平坦で広く休憩にちょうど良い.ここから白馬鑓温泉の手前までは起伏の少ないトラバース道.途中,轟音をならす杓子沢を通過する.YAMAPによれば,杓子沢は雪溪になっていることもあるようだ.白馬鑓温泉に到着したのは10時半過ぎ.硫黄臭い.ガスっていて景色は見えないが,桐原と小唄は日本最高地点の足湯を楽しんでいる.触ってみたところ湯温はしっかり熱い.僕と山口さんはボンタンアメを食べて休憩する.世の中にはボンタンアメを知らない人,ボンタンアメの皮をむいて食べようとする人がいるらしい.さて,ここには当然,足湯以外にも温泉があるのだけれど,小屋には「露天風呂が女性専用に,女子風呂が男性専用になります」と張り紙がある.我々は,要領を得ないこの張り紙に首を傾げながらその場を去った.ここからしばらく鎖場が続く.ガスっていなければここは結構際どく見えるのではないかと思う.鎖場を抜けてから少し歩き,開けたところに到着.ここで雷鳥のご家族といっしょに少し休憩する.さあ,あとはひたすら登り.6Lも水を積んでここまで1,000m上げてきたわけだが,まだ500mぐらい残っている.足が限界に近くなってきた僕は頭で歩数を数えて気を紛らわせながら登る(ダサい).山口さんも結構辛そうだった.結局,温泉から3時間ぐらいかけてやっと稜線に這い出すことができた.振り返れば遙かなる長野の街と言いたいところだが,あいにくのガスと強風なのでさっさと天狗山荘に向かう.14時半に山荘に到着.テントを張って少しするとガスが晴れてきて,白砂に覆われた白馬鑓と白馬村の街が見える.天狗山荘が水源としている雪溪もここで初めてはっきり見ることができた(水質悪化の影響でこの日に頂けたのは天水だが).その後は夕食に鍋とうどんを食べ,富山側の景色を見たりして時間を過ごし,7時ごろに就寝した.食当の任を終えて荷物が少し軽くなったのと明日の天気予報が良さそうなのが嬉しかった.その日の夜,テントの外には綺麗な星空が広がっていたらしい.
2日目(桐原)
天の川が頭上を我が物顔で横断し、オリオン座がその存在感に翳りを見せる。夜の底でヘッドの青い炎が燃えた。午前2時。思ったほど寒くないので、テントの外で朝食をつくる事にしたのだった。今朝は棒ラーメンで済ませる。手抜きだが、とんこつ味の棒ラーメンは手抜きの割に美味しくて満足感があると思う。おまけで用意したきくらげが個人的には良かった。
1時間強で撤収を済ませて出発する。まだ発電機の動いていない小屋前を抜け、二重山稜の窪地から主稜線に戻ると、向こう側の富山市街の夜景が目に留まった。湾の上には漁火も点在している。こんな時間でも文明の灯は賑やかだ。対照的に、その手前で視界の半分を埋める黒部の闇は、いっそう深い。右手にそれらを眺めつつ、左手には一際明るい金星を見つつ、星空の下の穏やかな稜線をしばらく進む。
天狗の頭をすぎると下りになり、2710mの小ピークで平和な道は終わり。天狗の大下りと呼ばれる急坂に入る。出だしから鎖場が連続する。難易度はそれほど高くないと思うが、暗さと、暗さに打ち勝って余りある高度感とのために、緊張を強いられた。安全上ひとりが通過するまで後続は待った方がいいので、距離の割に時間もとられる。鎖場地帯を抜けると、キレットの底を目がけてひたすらつづら折りの下りが続く。景色は素晴らしかった。雲海に埋まる信州側は明るくなってきて、太陽より一足先に新月直前の月が顔を出した。赤く焼けた空の中、地球照で全体が淡く光って不気味に美しい。正面に目を戻せば、これから向かう、節理で着飾った岩峰の並びに威圧される。
下りきった最低鞍部で一旦休憩する。西の剱岳に見惚れているあいだに、背中の側から朝日が昇った。安全な一日に、ついでに良い一日になりますように。ここからまずは不帰Ⅰ峰へ。石鎚山に似た山容は印象的でいかにも危ういが、ここはハイマツ帯の上り下りで難なく越える。問題はⅡ峰だ。岩だらけの北斜面は、一見したところどこに道がついているのか分からない。よく目を凝らすと、岩壁に張り付く鎖と、クレバスのような岩の裂け目に渡された梯子が見つかる。今からここを登る。緊張と不安と興奮が混ざって、却って落ち着いた気持ちになった。山口さんを先頭に難所へ取り付く。無駄なく無理もない山口さんの身のこなしが最良の教科書になる。中田も小唄もまたクライミング経験豊富であり、3人の登りを観察してから進めるのはとても有難かった。足場は十分あるので落ち着いていけば行き詰まることもない。高度感は凄まじく迂闊に谷側を覗くとぞくぞくするが、段々その感覚が楽しくなってきた。自分自身の一挙手一投足に神経を研ぎ澄ませる緊張感が新鮮だった。
核心部というべき区間はⅡ峰の登りの前半で、途中からは信州側へトラバースし回り込みながらの登りとなる。もちろん気は抜けない。徐々に日差しの暑さも気になってくる。しかし歩きながら手に入れた自信が背中を押した。直下で軽い休憩をはさみ、もう一登りしてⅡ峰北峰にたどり着いた。頂上には快活な女性3人組がいらっしゃった。逆コースでこれから核心に入るらしい。「ここから先はハイキングですよ。」「It’s easy.」と言われた。
唐松岳まで、ハイキングは言い過ぎだが確かにここまでよりは格段に良い道を進む。このあたりからの剱岳は特に立派で、左に八ッ峰、右に北方稜線を従えて均整のとれた錐をなす。深い谷が襞のように刻まれている。それは山というより、地殻から雨と雪が彫り出した芸術と言ってよかった。途中の不帰Ⅱ峰南峰で休憩中には長野県警の方が来て、不帰方面へ歩いていった。つい先日からこの辺りで行方不明になっている登山者がいるらしく、その関係ではないかと思われる。身の引き締まる思いだ。(この方は約1週間後に無事見つかったそうです。)
気持ちよい稜線歩きの末、唐松岳に到着。ここまで見えなかった五竜岳の大きな図体が突然現れる。今日の目的地、五竜小屋も見えた。振り返ると、白馬連峰が連なる。雪崩に削られた東側の崖に雲海が打ち寄せる様は、本物の海と海食崖を連想させる。眺望はずっと見ていられるものだったが、風が強く、あっという間に寒くなった。中田がゼミの応募締切を確認するのを待ってから頂上山荘へ降りるが、ここも風の通り道にあって寒いのは変わらなかった。
山荘から先は、牛首と呼ばれる難所になっていて、風化した花崗閃緑岩の痩せ尾根がしばらく続く。下りだったからか風が強かったからか、歩きにくく感じた。不帰より圧倒的にメジャーな区間だが、ひとつ間違えれば谷底まで落ちることには何も変わらない。岩場のあともしばらく下り続ける。唐松と五竜の間の最低鞍部は標高約2300mで、森林限界を割って一旦林の中に入る。大黒岳という小さなピークを越えるとゆるやかな登りに転じた。後立山や常念山脈の常で、信州側は雲が湧きたっているが、越中側から吹きしきる風に負けて山を越すことができず、稜線上はまだお日様が支配している。そのため少し暑い。それでも、小唄の快調なペースに引っ張られるようにしてぐんぐん進み、白岳直下で休憩。
休憩地点から見える限りの坂を登り切れば、遠見尾根からの道と合流し、すぐに五竜山荘に到着した。正面のシャッターには大きな武田菱が描かれている。この日一番乗りでテントを張ってしまうと、あとはめいめい、寝たり、くつろいだり、600字の志望理由を書いたりして暇を潰した。いつの間に晴れ空は失われて、五竜の山頂すら見えなくなった。日差しがなくなると一気に秋の寒さが身を包む。山荘の200円のコーヒーが温かかった。
午後3時頃から早めの夕食。小唄が焼きそばを作ってくれた。美味しかった。加えてスープや缶詰まで用意してきていることに敬服するばかりだ。食事後寝る支度をしてヤマテンの更新を待っていると、午後5時ごろ予報が出た。八峰通過のためにすこしでも雨の降り出しが遅くなっていてほしかったが、残念ながら予報は下方修正されて、朝早い時間から雨マークになっていた。風も強い予報。ステラ3の中で作戦会議に入る。持ちうる判断材料を見れば結論は明らかだったと思うが、それでも確信してものを言う事が(少なくとも私には)簡単ではなかった。必要もなく泳いで水を濁してしまう。最終的には、CL中田の「僕は降りたほうがいいと思います」という一言をもって隊としての方針が決まった。”なんでかっていうと”がすぐに続きそうな、いつもどおりの明快な口調が心強かった。
撤退と決まってしまうと、ふっと肩の力が抜けた。寝るのは延期して、ただの重りと化した大量の水の消費もかねてコーヒーを飲み、くだらない話をする。何を話したか覚えていない。縦走中断は残念だが、こうして緊張がほどける瞬間というのはどんな場合でも心地良いものである。
とはいえ明日の出発が極端に遅いわけでもないので、適当なところで切り上げて寝袋に入った。隣のテントから漏れてくる山口さんの量子力学談義を子守唄とする。ゆめうつつに、降り出した雨の音を聞いた。
3日目(山口)
「自然はなぜ量子力学を選んだのか」
それはまだわからない。量子力学は、自然界を原子・電子レベルのミクロなスケールまで正確に記述する。古典力学的な実在を否定し、物理量の観測確率で物事を扱う。量子力学という、やや直感的に理解し難い理論でないと、今のところこの自然界を矛盾なく説明できないのは事実である。
なぜ我々は、こんなにも複雑怪奇な理論でないと、自然を理解できないのだろう。いや、複雑なのは人間の数学による記述の仕方にあって、自然の側からすれば、ごく簡単なことなのかもしれない。
今、我々の周りを取り巻く山々は、そんなミクロな世界のことなど気にも留めぬかのように、雄大に構えている。ちょうど、大自然がちっぽけな人間を歯牙にもかけぬように。
話が長くなった、と思い目を閉じる。明日下山の行程に変更したので、登山も終わりムードで、気が抜けている。小1時間経って、テントを打つ雨音が大きくなってきた。やはり明日キレットは歩けないな。風の音もうるさい。これは眠れないな。
朝は3時に起きる。つもりが15分寝坊する。急いで炊き込みご飯の支度をする。外は小雨である。あとは降りるだけだからと、雨の中ゆったりと撤収を終え、五竜山荘を後にする。遠見尾根が始まる白岳まで、昨日歩いた道を少し引き返す。雨と明け方の闇で視界が効かない。首をブンブン振ってライトであちこち照らしながら、ルートを探す。
白岳から遠見尾根に入る。ハイマツの稜線をしばらく進むと、「ここから鎖場」の札があり、鎖場の下りが始まる。雨に濡れた岩場を、慎重に降りる。濡れているせいもあって、所々鎖にたよらざるを得ない箇所もある。
この下りを終えると、あとは高低差の大きくない、歩きやすい道である。途中、西遠見山、大遠見山、中遠見山、小遠見山の各ピークをへて、ゴンドラアルプス平まで。晴れていれば景色の良い、気持ちの良い稜線歩きなのだろう。
小遠見山から先は、ゴンドラ駅からの軽いトレッキングコースとして木道・階段が整備されており、ここまでにも増して極めて歩きやすい。ゴンドラ駅周辺は、白馬五竜高山植物園となっており、さまざまな植物を楽しめる。この時期は登山道を含め、りんどうが多くみられる。
アルプス平駅から麓のとおみ駅までゴンドラで降る。中田がゴンドラの動く仕組みに妙に関心を持っている。聞けば、ゴンドラはケーブルに滑車でぶら下がっていて、自重で降っていくものと思っていたという。「どうやってブレーキかけてるんですかね」
麓に到着して、ゴンドラ駅の施設の休憩スペースで荷物を広げて整理をする。近くのレセプションデスクの(暇そうな)スタッフ数名の視線がたまらないが、知らないふりをする。
営業時間を待って、歩いて近くの温泉「十郎の湯」に行き、一番風呂で汗を流す。近所にいい手打ちそば屋を見つけ、舌鼓を打つ。打ちたてで香りが良い。大糸線の飯森駅からワンマン電車で松本へ。駅や温泉の名の由来、飯森十郎(盛春)はこの土地の戦国武将らしい。
松本にて各々解散。
■共同装備使用記録
テント(ステラ3 No.1):中田
ヘッド(緑11):中田→山口
カート*2:中田→山口
鍋(月):中田→山口
調理器具(ガジャマダ):中田
救急箱(苺):小唄→桐原
*途中で受け渡しがあった場合[持ち出し→持ち帰り]
■感想
◽︎中田
・鹿島槍まで完遂したいところでしたが,美しい日の出とスリルのある不帰キレットを楽しめたので満足です.
・早くも来年の槍穂縦走の話が出ているので,岩場好きの人は一緒にいきましょう.
◽︎桐原
・岩稜歩きは怖さもあったが思いのほか楽しさが勝った。これまで避けてきた山・コースにも挑戦していきたい。
・天気に期待していなかったので二日目の晴天が嬉しかった。
・八峰キレットや白馬三山など宿題はたくさん残っているので来年もまた後立山を歩きたい。
◽︎小唄
・破線ルートを歩くのは初めてで不安も大きかったが、高度感があり怖い箇所はあったものの全体的に楽しさが上回り、大キレットなど他のコースにも挑戦したい。
・不帰の通過の際に好天に恵まれたことは非常によかった。
・鹿島槍まで歩けなかったことは心残りだが、来年以降の宿題にしたい。
◽︎山口
・天狗の大下りから不帰キレットにかけての岩場歩きは、良い天気のおかげで、周囲の山々の雄大な風景の変化を感じながら、非常に楽しいものでした。元来岩場が好きなのです。
・総じてアップダウンの激しい稜線歩きのため体力が消耗しました。
・雄壮との噂の五竜〜鹿島間の尾根を見られなかった / 歩けなかったのは無念です。
◾︎参考
NHK「アルプスで遭難 49歳男性 8日ぶりに救助 首痛めるなど大けが」