2024/6/29-30 甲斐駒ヶ岳山行

甲斐駒ヶ岳山行計画書 第2版
作成者:橋本、桐原
■日程 6/29-30(土-日)(一泊二日、予備日 7/6-7)
■山域 南アルプス
■目的 夏合宿に向けたトレーニング
■在京責任者 山口 (延期の場合:豊永)
■在京本部設置要請日時 6/30 19:00
■捜索要請日時     7/1 9:00

■メンバー  (6人、確定)
 CL 桐原 SL 橋本 ◯ 中田◯ 猶木 ◯ 河野◯ 小唄

■集合
JR中央本線 日野春駅 8:42

■交通
□行き
高尾駅6:42-(JR中央本線松本行き)-JR日野春駅8:42 1,980円
日野春駅→横手駒ヶ嶽神社 北杜タクシー6名で予約済
□帰り
尾白沢渓谷駐車場-(徒歩約30分)→尾白の湯
尾白の湯16:00→小淵沢駅 大泉タクシー6名で予約済,遅れる場合は1時間前に要連絡

■行程(らくルート算出)
1日目
横手駒ヶ岳神社-0:08-甲斐駒ヶ岳登山口-2:51-笹ノ平分岐-2:20-刀利天狗-0:50-五合目-1:00-七丈小屋(宿泊)
【合計 7時間9分】
2日目
七丈小屋-1:09-八合目-1:40-甲斐駒ヶ岳-1:00-八合目-0:37-七丈小屋-0:36-五合目-0:43-刀利天狗-1:20-笹ノ平分岐-1:32-日向山登山口-0:07-尾白沢渓谷駐車場
※七丈小屋-甲斐駒ヶ岳-七丈小屋はサブザック行動
【合計 8時間44分】

<参考:YAMAPのコースタイム>
1日目
横手駒ヶ岳神社-2:30-笹ノ平分岐-1:55-刀利天狗-0:50-五合目-1:00-七丈小屋-0:05-テントサイト(宿泊)
【合計 6時間15分】
2日目
テントサイト-0:45-八合目-1:07-甲斐駒ヶ岳-0:47-八合目-0:35-テントサイト-0:05-七丈第一小屋-0:45-五合目-0:40-刀利天狗-1:35-笹ノ平分岐-1:30-不動滝方面分岐-0:05-日向山登山口-0:08-尾白沢渓谷駐車場
【合計 8時間27分】

■エスケープルート
・引き返す
・七丈小屋に避難
・駒津峰経由で北沢峠へ下山(非常時)
事由・状況に応じて判断

■個人装備
□ザック □ザックカバー □シュラフ □マット □登山靴 □替え靴紐 □雨具 □防寒具 □帽子 □軍手/手袋 □タオル □水 □行動食
□非常食 □ゴミ袋 □カトラリー(フォーク、スプーン類)  □コッヘル(食器)  □ライター □トイレットペーパー
□着替え・温泉セット□ヘッドランプ □予備電池 □エマージェンシーシート □地図 □コンパス □筆記用具 □遭難対策マニュアル □計画書
□学生証 □保険証 □現金 □常備薬 □マスク □消毒用品 □日焼け止め (□モバイルバッテリー □サングラス □歯ブラシ
□トレッキングポール □サポーター/テーピングキット □熊鈴 □コンタクト/眼鏡) □ヘルメット

■地図
25000分の1:「長坂上条」「甲斐駒ヶ岳」
山と高原地図:「北岳・甲斐駒」

■共同装備
□テント
ステラ4(加藤私物):橋本
エアライズ2(桐原私物):桐原
□なべ
雪:中田
□ヘッド
緑9:桐原
□カート
カート*2:河野
□調理器具セット
キャサリン:中田
□救急箱
中田私物:私物

■食当
1日目夜:小唄
2日目朝:各自(お湯でつくれるもの)
アレルギー、苦手なもの:生の(玉)ねぎ・にんにく

■遭難対策費
200円/人 × 6人 = 1,200円

■悪天時
前日17時までに判断(7/6-7に延期)

■施設情報
□山小屋
七丈小屋:テント泊 1,500円/人(繁忙期料金)
□水場
七丈小屋:宿泊者無料

■備考
□日の出日の入り(甲斐駒ヶ岳)
日の出 19:18
日の入   4:23
□連絡先等
山梨県警北杜警察署 0551-32-0110
七丈小屋 090-3226-2967
北杜タクシー Tel 0551-32-2055
大泉タクシー Tel 0120-38-2312

6/29-30 甲斐駒ヶ岳山行記録
作成者:桐原
■日程 6/29-30(土-日)
■山域 南アルプス北部
■天気 1日目:曇りときどき晴れ
     2日目:霧のち雨
■メンバー
 CL桐原(43) SL橋本(40) ◯中田(43) ◯猶木(40) ◯河野(41) ◯小唄(43)
■共同装備(携行者と返却者同じ)
□テント
ステラ4(加藤私物):橋本
エアライズ2(桐原私物):桐原
□なべ
雪:中田
□ヘッド
緑9:桐原
□カート
カート*2:河野
□調理器具セット
キャサリン:中田
□救急箱
中田私物:私物

■総評
トレーニングにふさわしい濃度の高い山行となった。天気にこそ恵まれなかったが、変化に富んだ登山道や動植物、高山の雰囲気を味わうことができた。

■タイムスタンプ
□1日目
9:48 横手駒ヶ岳神社
10:40-10:50 標高1110m地点
12:03-12:18 笹ノ平
13:11-13:21 標高1760m地点
14:15-14:25 標高2000m地点
14:45 刀利天狗
15:27-15:40 五合目
16:50 七丈小屋
□2日目
3:00 七丈小屋テント場
3:42-3:49 御来迎場(八合目)
4:54-4:59 甲斐駒ヶ岳
5:02-5:12 甲斐駒ヶ岳神社本社
6:09-6:13 御来迎場(八合目)
6:56-7:05 七丈小屋テント場
7:07-7:17 七丈小屋
8:17-8:29 五合目
9:06 刀利天狗
9:33-9:48 刃渡り(標高1950m地点)
10:37-10:47 笹ノ平
11:53 竹宇駒ヶ岳神社

■ルート概況
□横手駒ヶ岳神社~笹ノ平
・ヤマビル多数。非推奨。
・上部の沢を渡る区間にトラバースと梯子あり、滑落に注意が必要。
□竹宇駒ヶ岳神社~笹ノ平
・危険個所なし
□笹ノ平~刃渡り~刀利天狗~五合目
・刃渡りは鎖柵が整備されており足場も十分ある。
・刀利天狗~五合目間は木製梯子・桟道あり要注意。
・5合目小屋跡が休憩適地
□五合目~七合目(七丈小屋)
・梯子の上りが連続する。整備状況は良好だが滑落の危険あり。
□七合目~八合目御来迎場~甲斐駒ヶ岳山頂
・八合目の先で鎖場連続。慎重な歩行を。またすれ違い困難のため対向者に注意。
■施設情報
□七丈小屋
・テント泊 1,500円/人
・水場あり、無料。
・小屋からテント場まで3分ほど歩く。露岩の多い登山道でハシゴもあるので夜間等注意。

■山行記
□1日目(中田)
 はっと目が覚めた。5時55分。一瞬頭が錯乱する。遅刻だ。共装を持っているから離脱はできない。かといって、今日は七丈小屋まで7時間の登りだから、30分の遅刻は相当響く。電車の乗換えを考えれば、遅刻は最終的に1時間ぐらいに伸びるかもしれない。タクシーもフル稼働の隙間を狙い撃ちしてなんとか予約したから、到着が遅れると登山口にさえ行けない可能性もある。皮肉にも、しっかり眠った頭が冴え渡る。10分足らずで支度を済ませ、グループに報告して駅へと駆け出す。走っているうちに、4時ごろ一度目覚めたことを思い出す。もう少し眠れるな、と油断して眠気に負けたのが間違いだった。
 最寄駅に到着して改めてYahoo!乗換の最速ルートを調べる。あずさに乗れば9時16分に到着するらしい。あずさは……満席。え、満席?。次発は10時2分。決行するには遅すぎる時間だ。もはやなす術はない。半ば諦めの気持ちでグループに報告した。「座席未指定券は?」と桐原。どうやら満席でも乗車はできるらしい。一縷の望みにかけて最寄駅を出発する。立川に到着して、乗換えの隙間時間にタクシー会社にも連絡する。
「30分遅刻されるとうちでは仕事できませんね」
「(やっぱりそうだよな、でも)…そこをなんとかお願いできませんか!」
「うーん……。調整してみます。改めてかけ直しますね」
 登山口まで行けるのか、行けないのか宙ぶらりんな状態であずさに乗車する。デッキに立ちっぱなしでも、あずさは走行が滑らかで心地よい。ガラス窓を流れる梅雨空の田舎の風景は、イヤホンから聞こえるアシュケナージの「田園」に似つかわしい。それでも、メンバーへの申し訳なさと焦る気持ちから、あずさの乗り心地も、風景も、音楽も、どこかよそよそしく感じられる。検札を受けてしばらくすると、電話が鳴った。なんとかタクシーの都合がつけられたとのこと。電話口で深い感謝の意を伝えた。各停に乗り換えるために降り立った韮崎では西空に晴れ間が見え、そよ風が吹いていた。山行中止となる事態は避けることができ、ふうっとひと安心した。日野春駅で下車し、すでに5人が乗車しているタクシーに速足で駆け込む。登山口に到着して改めて陳謝。お詫びに河野さんの荷物を少し持つこととした。神社でお参りを済ませて、9時50分ごろ裏道から登山を開始した。
 横手からの登山道は人影がなく、湿った落ち葉が積もってじめじめしている。橋本さん先頭でペース良く歩いていると、目の前の猶木さんの足元をヤマビルが這い上がっている。「あ、ヒル」。ヒルの生息域であると判明して、一同は騒然とする。とりあえず猶木さんのヤマビルには、僕が持ち合わせていた虫除け兼ヤマビル忌避剤を直にお見舞いし、各自もお手早く足元に忌避剤を塗って歩き続ける。尾根に出ればヒルはいなくなるだろうという算段で隊は少し速足になる。比較的地面が乾いたところで休憩をとり、改めて虫除けを塗り直すなどしていると、橋本さんのお腹にヒルが2匹、足にも1匹。もういいや、と半ば自棄になる橋本さん。さて、そこからは少し長めのトラバースで、一人分しかない細い道の先にハシゴを降りる場所が1箇所ある。この辺りの登山道は人通りの少なさを推察させる様子。帰りのタクシー運転手さんに聞いたところ、昔は日野春から徒歩で(!)横手までアプローチする人が多かったのだが、今は竹宇から登る人が大半とのこと。確かに、ヤマレコの足跡も横手ルートの方がだいぶ細いし、駐車場も竹宇の方が充実している。トラバースの後には200mの直登が続く。これまで登りでは役に立たないと思っていたストックが心強い。この年齢になると足腰を労わることも重要だと考えるようになる。直登を終えて、ちょうどお昼ごろ笹ノ平分岐で休憩をとる。ここは、我々が登ってきた横手ルートと竹宇ルートの合流地点。ヤマビルの恐怖ゆえか、橋本さんの先導ゆえか、コースタイムを30分ほど巻けたようだ。ここからは緩やかな笹原を歩く。途中、ポツンと木に立てかけられた、「嘉永三年庚戌…」と彫られた石碑に桐原が注目する。「嘉永三年って何年だろうね」と話になるが誰も分からない。今、調べてみると1850年ということらしい。小尾権三郎が、父子にわたる並々ならぬ労苦の末、横手駒ヶ岳神社から甲斐駒ヶ岳を開山して34年、黒船の来航やらなにやらで日本が騒然とする時代のこと。そうした時代にも黙々と修行に励む修験者の姿があったと思うと感慨深い。
 笹原はすぐに急登へと変化し、ついに「刃渡り」へと辿り着く。山と高原地図には「両側が谷底まで削ぎ落ちている」とあるが、霧中では普通の岩の尾根にしか見えないのであっさり通過する。このあたりから出始めるクサリやハシゴをこなし、「刀利天狗(とうりてんぐ)」に到着。ようやく(甲斐駒ヶ岳の反対側の登山口の)北沢峠と同じくらいの標高まで登ってきたことになる。黒戸山はトラバースでやり過ごし、少し下って五合目に到着する。ここはかつて小屋があった場所で、少し広くなったところに登山道を整備するための資材が積まれ、石碑がびっしりと立てかけられている。この時間になると雲は少しずつ取れてきて、大岩山や駒薙ノ頭だろうか、右手にピークが見える。五合目以降の登りは際どいハシゴが連続する。なかでも印象深いのは2箇所。一つは、10cm間隔で角材が橋桁として渡してある橋で、両側は谷底に落ちていて刃渡りよりもずっと切迫感がある。河野さんは子鹿の足取りで一歩一歩慎重に歩いていた。もう一つは、崖の縁にほぼ垂直にかけられたハシゴ。「ほぼ垂直」という形容は、山では45度ぐらいの傾斜を誇張する時に使われるような気もするが、このハシゴはそれ以上。たぶん70度はあって、ここも手足を滑らせると谷底行きである。昨年行った不帰ノ嶮を彷彿とさせる感じだった。「これ、雨の中で降りるの嫌だね」と一同。このハシゴを登って少し進むと、ようやく七丈小屋が見えた。冷たい水を汲んで一休み。累積で1,800m以上登ってきた我々だが、意外と疲労困憊という様子でもない。2箇所あるテント場のうち、よりスペースのある上のテント場を選んで設営した。設営されていたテントは全部で15ぐらい。テント泊と同じかそれ以上に日帰りの人がいる感じで、我々は身軽な装備の人たちに何度か先を行ってもらっていた。
 夕飯は小唄のスパム焼きそば。スパムって焼きそばに合うの?と内心思っていたが、作ってみるととても美味しく、6人で10袋の焼きそばをあっという間に平らげた。食事の片付けを終える頃には空はだいぶ晴れていて、鳳凰三山や富士山が雲間に姿を現している。いいもの見れた、という気分で天気予報を確認するが、翌日の天気予報は昨日時点よりも少し悪くなっていて、9時より前には雨に降られそうということだった。翌日は2時起き、3時発にすることに決めて就寝した。

□2日目(桐原)
 午前2時起床。アラームが鳴るのを待ち構えていたように、全員即座に目覚め、ごそごそと寝袋をしまい始める。山人の朝は高度に自動化されており、そこに眠気や怠惰のつけ入る隙は無い。いつも頭が動き出す頃にはヘッドの火がついている。
 お湯が沸くのを待つ。今のところガスはかかっておらず、遠くの方に街と道路の灯りも見える。一方、目線より少し上、ちょうど標高3,000m前後だろうか、の高さには暗く重たげな雲が広がっていて、いかにも不穏な気配がする。天気予報は前日より崩れるのが早まっていて、7時頃から雨が降り出すかもしれないという。どこかで撤退判断をする可能性もありうると思った。
 お湯が沸いた。朝食は各自お湯だけで作れるもの。食当なんて知らない。登山スキルの成熟が果たして登山体験によりよい実りをもたらすのかについては意見の分かれるところだが、実際のところ、山の朝においては何も考えずに済むことこそが一番の正義である。カップ麺、カレーメシ、菓子パン、など、それぞれ無心でエネルギーを口へ運ぶ。食事が終わるや否や、2つあるテントの小さいほうを畳んで他方に荷物をすべてまとめ、午前3時にテント場を出発。ひとまず7時過ぎにテント場へ帰還して9時頃までに難所(7合目-5合目,あわよくば刀利天狗まで)を通過する目標で行動することにした。
 道は当然のように急登から始まった。樹林帯の普通の道でも、露岩が多く考える事が多い。加えて時々ハシゴが現れる。幅広の尾根を着々と登っていくと、徐々に木々がまばらになり、見通しが良くなってきた。視界はまだまだ良好で、甲府盆地の向こうに金峰山の方まで見渡せた。何かの間違いで晴れたりするんじゃないかな、と少しだけ根拠のない期待をした。
 そう思った矢先、八合目手前であっという間にガスに巻かれて何も見えなくなってしまった。当て事は向こうから外れるものである。八合目は御来迎場(※ヤマレコ等の8合目地点とは少しずれている)と名がついているだけあって山麓方面に開けた広場になっているが、当然御来光は望めず、立派な石碑とそれに絡みつく霧とが霊峰の雰囲気を若干演出するだけである。適地なのでここで休憩。展望は望めず期待の持てない残りの登りを前にして、何人かが「もうここで引き返してもいいんじゃないか」と弱々しく言った。しかし、今日の主目的はトレーニングである。もちろん危険が見込まれたら迷わず撤退するが、残念ながらまだ雨は降っていないし、(テント場から)ここまでの道は特に難所もなかった。進まないのにも理由が要る。
 難所は八合目の先にあった。ここから4本の鎖場が連続する。どれも鎖に頼らないといけないところがあり、特にトラバース気味の2つ目は、鎖に預けた身が崖側へ遠慮なしに曝される感じがあって少し怖い。前を行くクライミング勢が躊躇なく進んでいくのに倣って、臆病になりすぎないように気を付けて進む。高度感はあるが、岩質は花崗岩で滑りづらくステップもしっかりと刻んであったので、アルプスの岩場としてはそこまで厳しい方ではないように感じた。もし多少雨が降り出してもこれなら大きく危険が増すことはなさそうだ。鎖場地帯を抜けると、右手に大きな岩塔が顔を出した。花崗岩の巨岩の頂上に2本の剣が立ち、霧の中で天を突いていた。かっこいい!と歓声が上がった。誇り高いシルエットをしていた。
 山頂までの残りの区間は淡白で、花崗岩の登山道とハイマツと鈍重なガスだけの景色が続いた。風も雨も無いので不快さはないが、単調である。晴れた日なら鉄驪の峰を拝みながらのヴィクトリーロードとなるのだろうか。
 山頂直下の甲斐駒ヶ岳神社本社に着いた。山の上の小さな祠が奥社とかではなく本社だというのが面白い。お参りしてから、ひと登りで甲斐駒ヶ岳山頂に到着。黒戸尾根上は平穏だったが、信州側に開けた頂上では西よりの風の正面に立つ。吹きすさぶというほどではないが確実に体温を奪ってくる類の風が吹いていた。とても寒い。展望は、360度の絶景。雲ひとつしかない、最高の天気。それぞれがそれぞれの目に映る景色を好きに語った。ある人は、仙丈ヶ岳がよく見えると言った。またある人は、八ヶ岳まで一望の下だと主張した。低体温症が心配である。
 本当に冗談でなく寒いので、登頂写真をとって絶景を心に焼き付けた後、たった4分で下山開始。本社近くの岩陰まで降りて改めて休憩を取ることにした。時刻は朝5時。ひと区切りつき、起床からの時間もたち、皆の表情に体温が戻ったような感じがする。私もふっと気が抜けた。ふっと気が抜けたその間抜けた顔に、ぴちゃりと冷たい感触があった。
 このタイミングで、雨が降り出した。はじめは「これは霧判定」などと抜かしていたが、次第にはっきりとした雨粒になってきて、ザックを濡らし始めた。思ったよりも早い。雨雲レーダーには何も映っておらず、見通しも立たなかった。とりあえずザックカバーと雨具の上だけ装備して出発した。
 雨に降られがらの尾根の下り。何とも言えない辛抱を強いられる。懸念は鎖場だったが、つつがなく通過した。精神的にはただの下りよりずっと良かった。一つ言う点があるとすれば、手袋を持っていなかった人が鎖や岩を掴むのに冷たそうにしていたことぐらい。手袋があったところで手袋ごと濡れて冷たかったが、持っていた方がいいのは確かなようだ。
 雨は止む気配もなく降り続ける。途中で雨具の下も着た。虚無に耐えながら下り、こんな所通ったっけ?と定番の台詞を口にし、7時前にテント場帰還。雨には降られたが、計画通りの時間で来ている。大急ぎでテントを撤収。雨中撤収はたいへん渋いなあという気持ちが先行していたが、そこまで気に掛けることでもなかったようで、撤収はスムーズに進んだ。
 水汲みやお手洗いを済ませてから出発。ここから刀利天狗までが、体力的にも技術的にも精神的にも今日の正念場である。下り3区間と登り2区間を含む起伏の激しい道で、下りはもれなく峻嶮である。連続する梯子や木製の足場は雨に濡れてつやめき、多分実際にはそこまで滑らないのだろうけれど、視覚的な恐怖を増幅した。登りでぎゃあぎゃあ言っていた70度ハシゴや鞍部を跨ぐ角材橋も当然、帰り道に含まれる。角材橋のところを河野さんは往路以上のしかのこのこのこな足取りで確実に突破し、かと思えば小唄は横断歩道を渡るように平然と歩いて逆に皆の肝を冷やかした。他にも崖下へ開かれた梯子・桟道がいくつもあり、気が抜けない。一歩置く場所を間違えれば簡単に死ねるということを意識してしまうと、余計な寒さが身を走る。
 5合目での休憩をはさんで歩き続け、9時半ごろに刃渡りを通過。ちょうど雨が止んで視程が少し回復していた。空を塞ぐ雲と谷を埋めるガスのあいだのわずかな隙間に、両側が切れた尾根のわずかな隙間に、刃渡りの道が延び、導かれるように通過する。刃渡りの先の樹林帯で長めの休憩。
 ここから先には岩場もない標高差約1100mの下り。バカ尾根1つ分だね、と認識を共有した。代わって先頭になった中田はぐんぐん飛ばして下っていく。とても速い。背中に「温泉入りたい」と書いてあるのが見えた。道も非常に歩きやすいので、耳が気圧の変化に追いつかないペースで快調に進む。林相は針葉樹林から広葉樹林へ移ろい、林床は笹が占拠するようになってきた。5時間前寒さに堪えた体が今度は蒸し暑さにいじめられるようになってくる。100m,200mと標高を落とす。例の嘉永年間の石碑を過ぎ、雷鳥の装備ノートが動作重いからなんとかしたいという話をしたりしていたらあっという間に笹ノ平分岐に帰ってきた。休憩。確実に足に疲れがたまってきているが、ここまで来たらもう足が疲れに気付く前に降りきってしまいたい。そう思えるところまでは下ってきた。橋本さんらが行動食について議論をしていた。登山者は行動食の話題が大好きである。
 笹の平から先は往路を離れ、竹宇(ちくう)への道を下る。横手からの道と違い、非常に良く歩かれた登山道だった。標高から考えればそろそろヤマビルの攻勢が再来してもおかしくないと思うし覚悟していたが、アイツらの気配はない。歩きやすさも段違いだった。誰も横手道を選ばないことに大変納得した。登りの苦労は何だったんだという気がした。
 雨の黒戸尾根を行きかう人々は誰もかれも猛者然としていて、途中で新快速ランナーに追い抜かれるなどしたが、我々も悪くないペースで進んだ。誤魔化しきれなくなってきた疲労感を鎮めながら最後の下りを歩き切り、吊り橋を渡って正午前に駒ヶ岳神社に下山。神社の舞殿の軒先にゆっくりと腰をおろした。長かった。やっと終わった。
 杉木立に囲まれた境内で、そのまま苔むして石になりそうな人達と、早く温泉まで歩こうとする勢力との静かな攻防があった。軒からしたたる雨の音が時間を刻む。15分後、隊は再び歩き始めた。

■感想
CL桐原
・体力的にも技術的にも歩きごたえ十分な登山道で楽しかった。
・久しぶりのCLだったが経験豊富なメンバーだったので安心の山行になった。ありがとうございます。
・槍穂高に向けてしっかり準備したい(特に体調面)。
SL橋本
・いい修行になりました。
・今度は晴れた時に登りたい...。
・ヒルにお腹を噛まれたのは初めて。どうやって入ってきたんだろう…。
・スパム焼きそば美味しかった。
◯中田
一度登っておきたいと思っていた黒戸尾根を完遂できてよかった。三大急登で残るは早月尾根だけとなった。黒戸尾根にチャレンジするなら下山後にしっかり休める日程を選んだ方が良いと思った。
◯猶木
・本当に登りごたえのある山でトレーニングに最適でした。筋肉痛が1週間近くのこりました。
・一部登りでペースを上げすぎたこと反省してます。
・天気はあいにくでしたが、小屋での一瞬の鳳凰の眺望と雲のダイナミズムは素晴らしい物でした。思い返せば雨中の山行も鳳凰ぶりでたまにはいいかもしれないと思いました。
◯河野
・22年の鳳凰三山で目にしたときからあこがれていた山でした。あいにくのお天気だったので次は晴天を狙って再訪したい。
・予想はしていたが辛かった。ただし最低限自分の荷物は自分で持てる程度になりたい。
・@山口 花谷さんはご不在でした
・ヒルに食われmyNewGear中厚手靴下が血でばりばりになった。雑に下っていたらmyNewGearバーサライトパンツの裾がびりびりになった。
◯小唄
槍穂縦走のトレーニングとしては、十分な登り応えだった。天候には恵まれなかったが、眺望以外の多くの魅力のお陰で楽しい山行になり、天気がいいときにもう一度登ってみたいと思えた。