2025/3/17-22 熊野古道伊勢路

熊野古道伊勢路計画書 第一版
作成者:清野45
■日程 3/17(月)-22(土) 5泊6日 予備日無し
■山域 伊勢・熊野
■目的 巡礼
■在京責任者 3/20のみ油井
■在京本部設置要請日時 3/20 20:00
■捜索要請日時 3/21 09:00

■メンバー ( 4人)
 CL清野(45) SL佐藤(46) ◯深田(46) ◯朱(45)

■集合
3/16 伊勢市内

■交通
◻︎行き
(3/16)
新宿/東京-名古屋 + 名古屋-伊勢市
・高速バス3500円~ + 近鉄orJR 計約7000円
7頃発 15時過ぎ着
・新幹線 + JR 計約11000円
11~12時頃発 15時過ぎ着

(3/17)
伊勢市駅→内宮前 三重交通バス
始発5:28-5:38

◻︎帰り
(3/22)佐藤、朱
・特急+新幹線 約17000円
17:33新宮 - 20:49名古屋
21:39/22:18名古屋 - 23:29/23:51終東京
・鈍行+高速バス 9000円~14000円
17:55新宮 -乗り換え多数- 23:12名古屋
24時すぎ名古屋 - 6時すぎ東京
佐藤は新宮→和歌山(泊)、次の日の夜行で大阪→東京
朱は鈍行+夜行バスで23日朝に東京

(3/23)深田
・鈍行+高速バス(8000円程度)
17:55新宮ー23:12名古屋
24:30名古屋ー05:48東京

(3/24)清野
・八木新宮特急バス
 5:53新宮駅-12:24大和八木駅
 7:46新宮駅-14:41大和八木駅
 9:59新宮駅-16:54大和八木駅
 6150円

■行程
◻︎ヤマレコ
【総行動時間57:39 169km △3074m ▽4013m】
・1日目(3/17)
伊勢神宮内宮 -0:09- 神苑 -0:04-宇治橋 -0:12- 宇治浦田町 -0:03- 宇治浦田西 -0:08- 両宮常夜灯
-0:11 赤舞台 -0:04- 寂照寺 -0:06- 伊勢古市郵便局 -0:07- 隠岡遺跡公園分岐 -0:10- 小田橋 -0:08-
伊勢街道石柱 -0:04- 外苑前 -0:06- 伊勢神宮外宮 -0:08- 外宮分岐 -0:13- 筋向橋 -0:02-浦口南
-0:09- 渡会橋東詰 -0:06- 渡会橋西詰 -0:06- 川端バス停 -0:14- 中郷 -0:15 城田小学校 -0:08 上地町
-0:06 上地踏切 -0:21- 外城田橋 -0:06- 旧熊野街道分岐 -0:03- 参宮街道/熊野街道分岐 -0:10- 勝田
-0:25- 野篠 -0:20- 東外城田神社入口 -0:43- 西外城田神社 -0:23- 女鬼峠成川側登り口 -0:34- 女鬼峠
-0:27- 相鹿瀬集会所 -0:30- 千福寺 -0:58- 新田
[8:09 29.1km △213m ▽147m]

・2日目(3/18)
新田 0:21- バカ曲がり -0:25- 神瀬 -0:04- 熊野古道 猿木坂 -1:14- 粟生八柱神社 -1:03- 八柱神社
-0:05- 下三瀬 -0:21- 上三瀬 -0:24- 佐原 -0:03- 道の駅 奥伊勢おおだい -0:03- 佐原 -0:05-
舟木橋 -1:33- 三瀬坂峠 -0:48- 道の駅 奥伊勢木つつ木館 -0:03- 瀧原宮参拝者駐車場 -0:09- 皇大神宮別宮
瀧原宮 -0:08- 瀧原宮参拝者駐車場 -0:21- 大紀町役場 -0:05- 出谷 -1:50- 岩舟橋 -0:17- 柏野大橋
-0:32- 大蓮寺
[9:54 32.3km △497m ▽430m]

・3日目(3/19)
大蓮寺 -0:59- 国昌寺 -0:07- 江尻橋南 -0:38- 大山内駅 -0:03- 梅ヶ谷 -0:46- 梅ヶ谷駅 -0:05-
熊野古道荷坂峠大内山側登り口 -0:39- 荷坂峠 -0:32- オンツツジの道 -0:30- 道の駅 紀伊長島マンボウ -0:28-
風の広場 -0:16- 長島神社 -0:06- 長島 -0:14- 加田 -0:39- 平方峠 -0:20- 古里 -0:30- 若宮神社
-0:07- 道瀬海岸 -0:34- 三浦峠 -0:21- 熊ヶ谷橋 -0:22- 三野瀬駅 -0:17- 始神さくら広場 -0:48-
始神峠 -0:05- 江戸道分岐 -0:52- 宮谷池 -0:21- 馬瀬 -0:27- 上里東 -0:28- 海山郷土資料館 -1:04-
相賀駅
[12:53 41.0km △551m ▽689m]

・4日目(3/20)
相賀駅 -00:11- 銚子橋北 -00:18- 道の駅 海山 -00:11- 馬越峠海山登り口 -01:13- 馬越峠 -00:29-
馬越公園 -01:21- 八鬼山登山口 -02:37- 八鬼山 -01:27- 名柄一理塚 -00:45- 三木里駅
[8:32 18.7km △993m ▽994m]

・5日目(3/21)
三木里駅 -0:47- 三木峠口 -0:23- 三木峠 -1:05- 羽後峠 -0:17- 秋葉神社 -0:17- 賀田駅 -0:14-
飛鳥神社 -0:05- 曽根 -1:11- 甫母峠 -1:31- 熊野古道伊勢路二木島 -0:17- 二木島峠口 -0:43- 二木島峠
-0:25- 逢神坂峠 -1:04- 新鹿港 -0:54- 徐福茶屋前 -0:44- 大吹峠口 -0:23- 大吹峠 -0:41- 大泊
-0:05- 熊野古道松本峠道 大泊登り口 -0:27- 松本峠 -0:16- 熊野古道松本峠道 木本登り口 -0:23- 獅子巌
[12:12 25.1km △1516m ▽1528m]

・6日目(3/22)
獅子巌 -0:11- 道の駅 熊野・花の窟 -0:20- 立石 -0:13- 七里御浜 -0:50- 神志山 -0:34- 新緑橋北
-0:42- 阿田和駅 -0:01- 道の駅 パーク七里御浜 -1:44- 横手延命地蔵堂 -1:09- 成川 -0:10- 速玉神社前
-0:05- 熊野速玉神社
[5:59 22.5km △67m ▽80m]


■注意事項


■エスケープルート
・3/20八鬼山周辺について
 八鬼山山頂まで:引き返す
 八鬼山山頂から:そのまま下山

◾︎宿泊地

・0泊目3/16
 風見荘
 素泊まり4000円予約済み 現金支払い
 0596-63-9170
 遅くとも21時半までにチェックイン
 チェックイン前に荷物預かりあり

・1泊目3/17 深田
 東作塾
 素泊まり5500円予約済み
 090-3951-8776
 0598-86-7077
 遅くとも19時までにチェックイン、台所あり、洗濯機が使えない、鍵を郵便受けに入れるタイプなのでチェックアウト時間は自由

・2泊目3/18 朱
 紀勢荘
 素泊4000円予約済み
 0598-74-1133
 CI15:00~、CO~10:00、早出問題なし、洗濯ネットに入れて洗濯、部屋干し、ポット有

・3泊目3/19 清野
 料理民宿ささき
 素泊5000円予約済み
 0597-32-1681
 19:00頃到着予定、有料で洗濯可能、ポット有り

・4泊目3/20 佐藤
 民宿嬉志乃
 素泊3500円予約済み
 0597-28-2160
 洗濯可、乾燥機あり
 大体でいいとのことなので遅くとも20時には到着と伝えました。
早出問題なし。夜のうちに支払いを済ませておく。
チェックイン14時から、チェックアウト10時
ロビー、部屋にポット有、洗面所に洗濯機乾燥機有
周りスーパーコンビニないから気つけてね


・5泊目3/21 清野
 はつこ宿
 素泊まり5170円予約済み、支払い済み
 洗濯機、電子レンジ、ポット有り
 080-1619-0901

・(6泊目 3/22) 深田
 Daijiro
 素泊まり3800円予約済み(清野、深田)
 2/20までならキャンセル無料、洗濯機あり1回100円、乾燥機なし
 キッチンあり
  チェックインは16:00~18:00くらいと伝えた、セルフチェックインらしい

■施設情報
宿泊地、小売店、飲食店など
□1日目(3/17)
ファミリーマート伊勢内宮前:24h、道沿いではないが近いので一応
ローソン伊勢尾上町店:24h
ファミリーマート伊勢外宮西店:24h、
ファミリーマート伊勢中島店:24h、街道沿いではないが近いので一応
ニュージョイス丸玉商店(コンビニ):9-17、田丸駅から北東
グッディ玉城店(スーパー):9-21、田丸駅から南西
※田丸駅以降は店がないので田丸駅を離れる前に十分に食料調達をする。
ヤマザキYショップまるしょう(コンビニ):大台町新田233-4、7-20※商品が豊富だとは思えないのでここでの調達は当てにしない。
ちなみに、出発後すぐの宇治橋渡った後、少しずれるけど赤福の本店があるよ、5-17

□2日目(3/18)
あじへい大台:ラーメン屋、11-14,17-20.5、一本隣の県道沿い
川添駅
ファミリーマート大台かわぞえ店:6-23、川添駅の先、街道沿いではなく線路の反対側
三瀬谷駅
マックスバリュ大台店:スーパー、7-23、三瀬谷駅のそば※ここで買っておくのがいいのでは
道の駅奥伊勢おおだい:8-18、食堂(8-15)あり、軽食がある確証はない。
道の駅奥伊勢木つつ木館:9-17、徒歩5分で伊勢神宮別宮 瀧原宮
宮川園:定食屋、11-23、滝原大橋の手前
滝原駅
ファミリーマート大紀町店:24h、阿曽駅の手前、道沿いではないが近い※2日目で食料買う最後のチャンス
阿曽駅
フレッシュにしむら:スーパー、10-19、川の反対側、柏野大橋の先※到着時刻的に閉店している可能性が高いのでここでの調達は当てにしない。
伊勢柏崎駅、大蓮寺からすぐ
□3日目(3/19)
紀勢荘
I 0:55
大内山の一里塚:トイレ
I 0:11
大内山ミルク村:10:00-17:00 (火曜定休)、なんか大内山は牛乳が名産らしい
I 0:10
大内山駅:トイレ
I 0:35
梅ヶ谷駅:トイレ
I 1:30
ドラッグセイムス紀伊長島:8:00~22:00, 食料補給できそう
I 0:15
道の駅紀伊長島マンボウ:トイレ、軽食
I 0:20
紀伊長島駅:トイレ、周辺に食事処がかなり多い。昼食とっても良いかも
I 0:35
ファミリーマート紀北西長島店:24h
kitchen port 風楽
I 1:20 きいながしま古里温泉
お食事処秀秀
道瀬海岸:トイレ
I 1:17
三野瀬駅
I 0:17
始神さくら広場:トイレ
I
海山郷土資料館
I
主婦の店相賀店 9:00~21:00
ドラッグセイムス海山総相賀店 8:00~22:00
プライスカット海山店 プライスカット海山店

相賀駅

□4日目(3/20)
相賀駅
l 0:29
道の駅海山:トイレ、レストラン有
l 2:00くらい
尾鷲駅:コンビニなどあり(ファミリーマート尾鷲栄町店) (経路からは少し外れる)
主婦の店せぎやま店 9:00-21:00
※これ以降、スーパーやコンビニがほぼないので、補給するならここがラスト!!!
l 1:13
八鬼山越え登り口(北):トイレ
l 1:57
荒神堂:トイレ
l 2:13
三木里コミュニティセンター:海水浴場の近くにある?写真も口コミもあんまないので分
              からない…
三木里海岸:トイレ
I 0:08
三木里駅:コンビニもスーパーも周辺に無い


□5日目(3/21)
三木里駅
|7h
新鹿駅
・清七屋ストアー7:30-19:00、ルート上郵便局の近く、地元の商店、食料品日用品
|3h
大泊:コンビニとスーパーは周辺に無い
・お食事処ほくしょう17-21、海近く
松本峠登り口(東):自販機
|1h 松本峠登り口(西):トイレあり
熊野市駅:駅前ルートから少し外れた場所にコンビニあり、ルートから15分でイオン、オークワ(共に8:00〜22:00)あり

□6日目(3/22)
花の窟:コンビニ、フリーWi-Fiあり
その後少なくとも1時間に1箇所はコンビニあり
道の駅紀宝町ウミガメ公園:ウミガメいっぱい見れるらしいよ!
熊野速玉大社:ゴール、16:30まで

7日目(3/23)
オリックスレンタカー 9:00~18:00 6600円
深田予約済み


新宮~本宮大社 40分
新宮~那智 30分

熊野古道 伊勢路 北部
https://www.kodo.pref.mie.lg.jp/document/north_2023.pdf
熊野古道 伊勢路 中部
https://www.kodo.pref.mie.lg.jp/document/central_2023.pdf
熊野古道 伊勢路 南部
https://www.kodo.pref.mie.lg.jp/document/south_2023.pdf


■個人装備
□ザック □ザックカバー □トレッキングシューズorトレランシューズ □替え靴紐 □雨具 □防寒具 □帽子 □軍手/手袋 □タオル □水
□行動食 □非常食 □ゴミ袋 □ライター □トイレットペーパー □着替え・温泉セット□ヘッドランプ □予備電池 □エマージェンシーシート
□地図 □コンパス □筆記用具 □遭難対策マニュアル □計画書 □学生証 □保険証 □現金 □常備薬 □マスク □消毒用品 □日焼け止め
□モバイルバッテリー □歯ブラシ □トレッキングポール □サポーター/テーピングキット(□サングラス □保温系インナー □ネックウォーマー
□ホッカイロ □ニット帽 □熊鈴 □コンタクト/眼鏡)

大雑把に整理すると、
・日帰り登山用装備
・宿泊用の荷物(着替え、歯ブラシ、コンタクト類、スキンケア類)
・長距離徒歩対策の用意(テーピング、ストック、嗜好品、話のネタ)

■地図
2万5千分の一地形図:「尾鷲」(八鬼山)

■共同装備
救急箱:アゲハ…佐藤

■遭難対策費
100円×4=400円

■悪天時
市街地の場合は防水対策をした上で進む
峠越えの場合は状況によっては鉄道、バスへエスケープすることも考える(在京とも相談)

■電波状況
・3/20八鬼山について
 少なくともau回線は繋がる

■備考
□日の出日の入り(3/20)
日の出 5:59 (@八鬼山)
日の入 18:07 (@三木里)

□連絡先等
・1日目(3/17)
(女鬼峠)
西外城田警察官駐在所 0598-37-2537
麻加江警察官駐在所 0596-64-0314
栃原警察官駐在所 0598-85-0110
・2日目(3/18)
(三瀬坂峠)
大台警察署 0598-84-0110
滝原警察官駐在所 0598-86-2023
・4日目(3/20)
(馬越峠・八鬼山)
尾鷲警察署 0597-25-0110
三木里警察官駐在所 0597-28-2056
・5日目(3/21)
(甫母峠)
新鹿警察官駐在所 0597-86-0110 

熊野古道伊勢路記録
作成者:清野45
■日程 3/17(月)-22(土) 5泊6日 予備日無し
■山域 伊勢・熊野
■天気
・0~2日目:曇りごくたまに雨
・3~7日目:快晴
■メンバー
 CL清野(45) SL佐藤(46) ◯深田(46) ◯朱(45)
■共同装備
救急箱:アゲハ…佐藤

■総評
日本を代表する聖地である伊勢と熊野を巡る熊野古道伊勢路は、人も自然も町もどれをとっても素晴らしいものだった。非常に長い道のりではあったが、石畳の続く峠や美しい海、日本の原風景のような街並みと全く退屈することなく歩くことができた。また、地元の方々や他の巡礼者と交流でき、そして言うまでもなくメンバー内の絆も深まった。宿の女将さんの言う通り、まさしく一生の思い出になった6日間だったと思う。

■タイムスタンプ
・1日目
7:13伊勢神宮内宮正宮-8:43外宮-10:46伊勢本街道/熊野街道分岐-13:38女鬼峠入り口-14:14女鬼峠-16:38宿泊地(東作塾)
(9:25 32.6km △272m ▽229m)
・2日目
6:45宿泊地-7:31バカ曲がり-8:40川添駅-10:32三瀬谷駅-10:39道の駅奥伊勢おおだい11:35-12:41三瀬坂峠-13:41道の駅奥伊勢木つつ木館14:22-14:34瀧原宮-17:06宝蔵寺-18:11宿泊地(紀勢荘)
(11:58 36.8km △542m ▽476m)
・3日目
5:40宿泊地-7:55梅ヶ谷駅-8:47荷坂峠-9:50道の駅紀伊長島マンボウ10:28-11:25魚まち-12:20一石峠-12:33平方峠-12:48古里海岸13:23-14:04三浦峠-14:43三野瀬駅-15:51始神峠-17:29海山郷土資料館-19:10相賀神社-19:32宿泊地(料理民宿ささき)
(13:52 44.8km △586m ▽739m)
・4日目
7:15宿泊地-8:47馬越峠-9:57北川橋-11:13やのはま道-12:16八鬼山登山口-14:34八鬼山-14:49さくらの森15:26-16:29明治道分岐-16:48名柄一里塚-17:38宿泊地(民宿嬉志乃)
(10:23 20.4km △1010m ▽1019m)
・5日目
5:36宿泊地-6:25三木峠-6:58古江集落-7:39賀田駅-9:11甫母峠-10:50二木島駅-11:25二木島峠-12:00逢神坂峠-13:10新鹿海水浴場13:54-15:34大吹峠-16:24大泊-16:43鬼ヶ城センター17:08-17:15鬼ヶ城千畳敷-18:26宿泊地(はつこ宿)
(12:50 26.8km △1546m ▽1543m)
・6日目
7:06宿泊地-7:31花の巌神社-8:59神志山駅-10:32道の駅パーク七里御浜-11:42道の駅紀宝町ウミガメ公園13:18-15:18熊野速玉大社
(8:12 25.7km △89m ▽96m)

6日間合計
(66:45  187.1km △4045m ▽4102m)

■ルート概況
 世界遺産登録20年を記念して、いたる所に道標が建っているので道迷いの心配はない。公衆トイレの案内なども記載されているので安心だろう。峠区間についても非常に細かくポイントが建っているので距離感含めて非常にわかりやすく、また石畳含めて非常によく整備されている。一方でお店や宿についてはネットで確実な情報を入手しづらいので、以下の宿泊地情報や山行記を参照してほしい。

■宿泊地情報 (2025/3/17時点)
・0泊目:ゲストハウス風見荘
男女別ドミトリー
台所あり(電子レンジ、電気ポット、冷蔵庫、コンロ、食器類、ティーパック、トースター)
タオル有料
・1泊目:民宿東作塾
一棟貸し
台所あり(電子レンジ、やかん、冷蔵庫、コンロ、食器類、トースター)
タオル無料、シャンプーは髪キシキシになる系
洗濯不可
・2泊目:紀勢荘(注、R7,7/11の火災で閉業)
電気ケトル、湯呑み ※電子レンジなし
洗濯無料、ハンガーにかけてくれる
タオル、バスローブあり
・3泊目:料理民宿ささき
電気ポット、湯呑み、冷蔵庫 ※電子レンジなし
洗濯有料
タオル浴衣あり
・4泊目:民宿嬉志乃
電気ポット、湯呑み ※電子レンジなし
洗濯機無料(洗剤あり)、乾燥機100円/回
タオルなし
・5泊目:ゲストハウスはつこ宿
電気ケトル、電子レンジ、湯呑み、紙コップ
洗濯機あり
シャワー100円/15分
・6泊目:Daijiro
台所あり(電子レンジ、電気ポット、冷蔵庫、コンロ、食器類)
洗濯機無料、タオル無料



■山行記
・0日目(3/16深田)
熊野古道伊勢路。全長170㎞を超え、途中でいくつかの峠を越える、熊野古道屈指の超ロングコースである。伊勢神宮から熊野大社という人気パワースポットを繋ぐことも有り、江戸時代には庶民に大人気の巡礼道であった。軽い気持ちで参加表明をしたが、本当に歩ききれるだろうかという不安を抱きつつ、まずは高速バスで名古屋に向かう。熊野古道への不安はありつつも、初の名古屋上陸ですこしワクワクしているうちに名古屋駅に到着。まずは昼食という事で初めての味噌カツ丼に挑戦。一口食べてみるとこれまで食べた事の無い不思議な風味と強い甘さにびっくりしたが、カツの脂と合わさってジャンキー感マシマシの風味となっており、箸が進む。あっという間に間食してしまった。折角名古屋に前泊するのだから、という事で朱さんと合流して一緒に観光する予定をたてていた為、待ち合わせの近鉄名古屋駅改札に向かう……のだが、ここで問題発生。近鉄名古屋駅の構造が複雑すぎて待ち合わせの改札に辿り着けないのである。そもそも名古屋駅はJRの巨大な駅舎に全て接続していると思ったら名鉄名古屋駅と近鉄名古屋駅も存在しており、複雑な地下街の構造も相まって迷子になってしまった。このせいでかなり時間をロスしてしまったので申し訳ない。
やっとのことで朱さんと合流し、名古屋港へ。ここには南極観測船「ふじ」の実物の内部を見学できる博物館があるのだ。早速巨大な観測船に圧倒されながら内部の博物館に入場すると、船の様々な場所に実物そっくりの蝋人形が設置されており公開中の様子が分かりやすく展示されている。また貴重な資料が多く展示されており、私が特に印象深かったのは南極大陸での運転免許証である。まず住所が「東南極郡オングル町字昭和村」である。昭和基地に居住する職員のものであり、「南極以外無効」と明記されている。更に「先住民(ペンギン等)に対する交通違反はその罪を2倍とする」と書かれており、おもわずくすりとしてしまった。
その日に伊勢まで移動しなくてはならなかったので、駆け足となってしまったものの「ふじ」を堪能した後再び名古屋駅に移動し佐藤と清野さんとも合流。みんなで伊勢へ向かう。伊勢に到着すると外はかなり暗くなっていたのでとりあえず本日のお宿である「ゲストハウス風見荘」へ。このゲストハウスはユースホテルのようなイメージだが、カーテンがついていたり水回りが清潔だったりと非常に快適なお宿である。宿に荷物を預けた後は近くの居酒屋で夕食をとった。私はじゃこ天と伊勢うどん、それに地元の冷酒を合わせて翌日からの伊勢路に向けて気合を入れた。おいしい食事を楽しんだのち、翌日からの巡礼旅に思いを馳せながら就寝。


・1日目(3/17佐藤)
5:45起床。ドミトリーの上段で寝た3人は少々暑いと感じながらも、地面ではないふわふわのお布団でよく眠れたようだ。完全に旅行気分の自分は、最も無駄な荷物であるヘアアイロンで髪を整えていた。共用スペースには紅茶やコーヒーなどが用意されており、丸太の椅子に座って穏やかなティータイムを過ごす。テント泊の朝は時間短縮ばかり考えているので雷鳥人とゆったりした朝を過ごすのは新鮮だ。出発18分前になってもこなみさんが起きてこない。様子を見に行くと、ちょうど携帯で時間を確認し焦って動き始めるこなみさんを発見。しかしそこからの動きは超特急で、6:30に宿を出発することができた。玄関を出ると青空に朝日が光る爽やかな朝である。これから6日間の長旅に期待と緊張が入り混じる。
計画では6:48発のバスでスタート地点の内宮に向かう予定だったが、伊勢市駅前にタクシーが停車しており、バスよりも20円安いということでタクシーに乗ることにした。これから新宮まで歩きます、と運転手さんに言うと、
「な〜んで新宮まで歩く人たちが内宮まで歩けんのや〜」と面白がられた。伊勢市駅から内宮は6
kmほどで、確かに歩ける距離だが体力は温存しておきたかった。記録を書いている今は、やっぱり歩いてもよかったなと思わなくもない。
内宮は静寂な空気で包まれていた。背筋がスッと伸び、心が浄化される感じがする。五十鈴(いすず)川を見てから皆で参拝した。伊勢神宮の建物には装飾がほぼなく質素だった。それでいて白木の社殿は力強く、荘厳な雰囲気である。また、神楽殿の屋根の曲線が綺麗だった。
内宮近くにある赤福の本店に向かう。佐藤は赤福が大好物なので、初日の朝ごはんにすると前々から決めていた。う〜〜おいしい。成分的には行動食に適しているが、歩きながら食べるのは至難の業であった。他の3人もシェアして食べていた。
猿田彦神社を経由して外宮(げくう)に到着。東大の建築の方が関与したというせんぐう館とまがたま池周辺を散策した。まがたま池のほとりに綺麗な休憩所があるので一休み。
内宮と外宮をお散歩して満足していたが、ここからが本番であることを思い出す。宮川の土手上は強風だった。寒い。近くの山の上に立っている風車もビュンビュン回転している。
この辺りはまだまだ街で、よくある田舎の幹線道路があり、その周辺に瓦屋根のお家が並んでいる。緑化事業として農村公園が作られたようだが、その公園よりも周囲のほうがよっぽど緑色だと思う。
歩いていると民家の前で野菜の無人販売を見つけた。清野さんと深田くんはサラダセットを、こなみさんはターサイ(小松菜に似ている中国の野菜)を買っていた。今日は最高気温が一桁で少し寒いが、野菜を持ち運べるという点では良い。
新宮まで158kmという看板が出てきた。喉まで出てきた「長い!」を飲み込む。昨年熊野古道が世界遺産登録から20周年を迎え、それを機に標識が整備されたようだ。曲がり角には必ず標識や熊野古道マークがついている。地図を常に見ている必要がないので非常に有り難い。
外宮から2時間ほど歩くと、伊勢市駅のお隣の田丸駅に着いた。駅近くのグッディ玉城店が本日最後の食料調達場なので、今日の昼食〜明日の朝食の計3食分のご飯を買った。地図で公園を探してそこで昼食を摂る。遊具で遊んで体力復活!この時点から、ブランコを見つけたら乗るのが毎日の恒例行事となった。
そこから少し歩いて女鬼峠に入る。登りはほぼなくあっさりと最高地点についてしまい残念だ。切通しがあった。少し登ると展望台があるということなので行ってみた。見晴らしの良さはそこそこといったところ。
峠を終えると公園があったので休憩。今日のルート上には公園が豊富にあったが、果たしてそこで遊ぶ子どもたちはいるのだろうかと疑問に思う。
ここら辺はソーラーパネルが多い。畑をやめてソーラーパネルにしたのだろう。後ろを振り返ると真っ青な空なのに我らが向かう先にはグレーの雲がかかっている。茶畑がたくさん。
防霜ファンが目立つ。16時くらいに今日のゴールの新田に到着。しかし宿の東作塾までプラス2キロほど歩かねばならない。宿の直前にまた公園があったので遊んだ。空が暗くて光合成ができず元気がなかったのだが、ブランコに乗って復活。
16時半ごろに本日の宿、東作塾に到着。ふぅ、やっと着いた。床に寝転がる。東京で行う長距離徒歩では数10キロ歩いたあとの帰宅の過程が1番面倒なのだが、今回はゴールしてすぐに休憩できるのがとても良い。築130年の東作塾は、ここ大紀町の偉人である大瀬東作さんの生家であり、今は民泊として1日1組限定で貸し出してくれている。自分たちだけの空間で落ち着く。熊野古道ルート上にある宿が予約できなかったため、少し離れた東作塾に宿泊することになったのだが、ここに泊まって正解だった。タオルも電子レンジも食器もある。離れにあるお風呂に入り(寒い!)、夕食の時間にする。深田くんと清野さんが無人販売で買った大根は辛かったようで、茹でて辛み抜きをしていた。お裾分けをいただくと、ただの大根が疲れた体に染みた。こなみさんが買ったターサイという草のおひたし(ゆでた後に棒ラーメンの粉末スープをかけたもの)も美味しかった。明日は自分も野菜を買おうと思う。毎晩の食卓が個性あふれて面白いのでぜひフォトアルバムをみていただきたい。1日目を終えた感想としては、踏破できそう!という自信が半分、思ったよりしんどいかも?という不安半分である。


・2日目(3/18清野)
眠りについたと思った瞬間、朝がやってきた。やはり1日歩いて疲れていたのか、畳に布団の組み合わせでリラックスできたのか、熟睡だったようだ。このまま布団の中でもぞもぞしていたかったが、今日も今日とて歩かなければならない。渋々起きて出発準備を始めた。
準備を終えたら朝ごはんだ。幸いにも今日の宿にはキッチンがあったので、せっかくだからと小腹が空いた時用に持参した棒ラーメンをいただく。朝から棒ラーメンを食べていると、まるで普通の泊まり山行のようだ。やっぱり朝に温かいものを食べると元気が出てくる気がする。他のメンバーも昨日買ったパンをトースターで焼いて食べていた。非常に文化的な朝。
6時半過ぎに宿を出発。山行の時よりは遅いとは言え、十分早い出発である。早朝の空気は凛と澄んでおり、足元に目を遣ると霜が降りているようだ。思えば東京ではたとえ氷点下の冷え込みであっても、霜を見る機会はほとんどない。田舎では様々な場面から四季を感じることができるが、それに乏しい東京の生活はどこか味気ない。街を白く染める霜や春の匂い、虫の音など五感で季節を感じる暮らしが恋しくなった。
宿からしばらく歩き、熊野古道に戻ってくる。道の両側に日本家屋が立ち並ぶ風景を見ると、自分が今歴史のある道を歩いているのだという実感が湧き上がってくる。こうした伝統的な建築のある街並みを歩いていると町ごとの特色がわかってきて面白い。それはこの熊野古道を歩いていて強く感じたことの一つだ。例えば伊勢に近いエリアではどこも蔵の壁は黒い板で覆われている。一般的には鎧囲いや下見板張りと呼ばれるこの様式は伊勢では「きざみ囲い」と呼ばれ、魚の油や煤を塗ることで防水防虫効果を期待できる。その一方で塗装の維持にはお金と手間ひまがかかるため裕福な家でしかできず、一般的には素の杉板を使う場合が多い。伊勢に近い地域ほど蔵の壁が黒く、離れていくにつれて白木が増えるところにも、伊勢の財力と、自分が長い距離を歩いていることを感じることができる。
しばらく歩くと「バカ曲がり」の看板が出てくる。深い谷の難所を谷間沿いに大曲がりのグネグネ道で通ったことからこの呼び名がついたらしい。看板が立つ入り口から谷に降りる道を進んでみるとなんとびっくりいきなり現れたのはトンネルである。それも人の背丈にも満たないような高さで、もはや排水用トンネルかのようだ。なんと「古道」らしい光景だろうか()。底には水が川のように流れており、その上に敷かれた弱々しい鉄板の上を歩いてくぐっていく。足元は不安定だし、天井が低すぎてザックの頭を擦りまくるし、伊勢路で一番の難所だったかもしれない。
その後も国道に戻って、たまに谷間に残った古道を歩くことの繰り返しであった。そこで何度か目にしたのが、行き倒れの墓である。古来、熊野詣での旅に出る人は心や体に悩みを抱えていることが多く、道中で行き倒れることもよくあったそうだ。その度に地元の人々は丁重に弔い、墓を建てたらしく、この先も至る所で行き倒れの墓を目にすることになる。大昔の同志の冥福を祈ると同時に、自分たちの墓が加わってしまわないことを心から願った。
 その後2時間ほど農村地帯の集落の中を歩き続けると、久しぶりに大きな街に出た。大台町の中心市街地、三瀬谷である。人口5000人を抱える比較的大きな市街で、スーパーもコメリも本屋もあるし、謎にマリオット系列のホテルまである。個人的に街の規模を考える上での指標として本屋があるかどうかを用いているが、伊勢から新宮まで本屋のある街は6つしかなかった。丸一日歩いてやっと本屋のある街が1つと考えると少し寂しい現状だ。そんな珍しく大きな街に、4人の心は踊っていた。
街の中心地域には役場やスーパー、薬局に加えて道の駅も設置されていた。普段の旅行ではただ車で立ち寄るだけだが、ずっと歩き通しの自分たちにとってはオアシスだ。観光案内所やレストラン、鹿肉のハンバーガーなど軽食の売店もある。重たいザックをおろし、いそいそと店内を物色した。地元の和菓子やお弁当、野菜などオーソドックスな並びに加えて、この辺りの名物であるお茶の品揃えも豊富である。まだ先が長いのであまりお土産を買えないのが悩ましいところだが、皆お茶や野菜などを購入した(ここで買った粉末スティックの伊勢茶セット、とても美味しかったです)。私と佐藤はまたレタスを確保できて大満足。その後隣にあるマックスバリュでも追加で食料を確保し、全員のザックが食料でいっぱいになった。やはり途中で食料を補給できる点は、普通の山行に比べてはるかに気楽であり幸せである。さらに、出発間際になって私と深田は誘惑に耐えかねてハンバーガーを買ってしまった。鹿肉を使ったパティに伊勢茶を練り込んだバンズなど、地元の食材を活用したご当地「おいしかバーガー」である。鹿肉と聞いて身構えるかもしれないが、クセもなく旨みとさっぱりを両立した味わい。わさびマヨのソースとの相性も抜群で、今まで食べたご当地バーガーの中でもトップレベルの美味しさだった。このあたりを訪れた際にはぜひ。
大量の食料やハンバーガーでご機嫌になった我々は、三瀬坂峠へと歩みを進めた。ただし、進めたと言っても実際は引き返す方向である。どうやら昔は三瀬谷よりもっと手前で宮川を船で渡ることができたらしいが、今では渡しは廃止され三瀬谷まで大きく迂回することを強いられているのだ。これこそバカ曲がりだが、橋がないのはどうしようもないし、おいしかバーガーを食べれたし結果オーライなのかもしれない。
途中で猫を見つけた。日向ぼっこ中なのかお昼寝中なのかとてもぼんやりしていて、触っても全く動じない。猫アレルギーの自分は触った時点で右手で目をかけないことが確定してしまったが、それでも猫の可愛さには勝てない。しばらく撫で回してしまった。猫アレルギー治らないかなあ…。
三瀬坂峠の登り口には、レンタルの熊鈴が設置されている。去年あたりに伊勢路で熊による事故があったみたいで、ここから先の峠でも必ずと言っていいほど熊鈴を見かけた。こうやって対策を講じてくれるのはありがたいが、にしてもクマはやっぱり怖い。よくよく考えると熊野という地名自体恐ろしすぎるのだ。そんなことを考えながら峠を登っていく。今回の行程では初めてのちゃんとした峠で、思ったよりもしんどい。最近山に登っていなかったのが祟ったのだろうか。ちゃんとトレーニングします。
とはいったものの所詮は標高260mで、20分ほどで峠に到着。昔は茶屋もあったみたいで、広々としていて気持ちいい。しばしの休憩ののち、次の道の駅である「道の駅奥伊勢きつつき館」へと進んだ。途中ジビエ料理店に出くわしそこでお昼にするかどうかで迷っていたが、結局道の駅でお昼を食べることに。佐藤は温かい蕎麦を、それ以外の3人は松阪牛焼肉の定食を注文。この辺りで育てる牛も松阪牛と呼ばれるらしく、上質な脂ののった肉はとても美味しかった。今日は朝から食べ過ぎな気もするが、これだけ歩いているのだからセーフなはずと自分に言い聞かせた。30km以上歩くしレタスも買ったし大丈夫なのだ。多分。
遅めのお昼ご飯を終え、道の駅のすぐ近くにある、内宮の別宮である瀧原宮という神社へと向かった。参道入り口には瀧原宮ができた経緯を少女漫画チックに解説した看板があるが、さすが日本といったところだろうか、倭建命と真奈胡神が美男美女すぎて笑ってしまう。その一方で参道は明るい杉林の中をまっすぐ伸びていて、とても清らかな雰囲気だ。個人的には外宮内宮よりも厳かな空気が漂っているような気がした。境内には4つのお社が鎮座していて、順々に参拝していく。普段神社でお祈りしない派閥の佐藤も今回の伊勢路ではお賽銭まで入れてお祈りしている。神様頼みせず自分で物事を解決しようとする姿勢は尊敬できるが、さすがに天照大神には敵わないのだろうか。参道にはねじれ杉というパワースポットがあり、後で知ったがゼロ磁場で有名らしい。せっかくコンパス持ってたんだからかざせば良かった…。参拝を終えて清らかな心になったところで、先を目指して出発。もうすでに3時だが、今日はまだ10km以上歩かなくてはいけないのだ。夜は雨が降る予報なので、道沿いの古民家カフェ達に心惹かれながらも先を急いだ。
しかし、やっぱり公園の魅力には勝てない。30分ほど歩いたところで広めの公園を発見してしまった。ブランコやツリーハウス、さらには自分で回す系のコーヒーカップまである。先に遊んでいた子供達に気を遣いながらも、自分たちも遊具で思い切り遊ぶ。ブランコやコーヒーカップではしゃいでいると、深田に苦笑いされてしまった。すみません保護者さま…。さらに、この公園でテニスボールを発見してしまった。キャッチボールなんて何年ぶりだろうか。久しぶりの運動に自分とさらごんは大はしゃぎ。今後もこのテニスボールは大活躍だったので、行程の序盤で拾えて本当に幸運だった。
まだまだ先は長いので、名残惜しいが公園を出発。薄暗い空も相まって、まわりの風景は寂しい山村のそれである。山の合間を縫って流れる大内山川とそれに沿って走る国道42号、そして点々と現れる集落。2日間ずっと同じような景色の中を歩いてきたが、川の流れが細くなっているあたり、やはり分水嶺は近づいているのだろう。明日はついに海に出る、今はそれだけがモチベである。
公園を出て2時間ほどで今日最後の食料補給スポットであるフレッシュにしむらに到着。結局途中雨に降られてしまい全員のテンションが地に落ちたが、やっぱり食べ物を目の前にするとみんな元気になる。決して品揃えのいい店ではなかったが、各自寿司やら麺やらお目当ての品を購入。天理ラーメンのカップ麺が売っているあたり、大分関西圏に近づいてきている気がする。
夜ご飯を調達し足取り軽く、スーパーから30分ほどで今日の宿に到着。結局総行動時間は11時間半だった。今日よりもコースタイムの長い明日が思いやられるが、とりあえず今日は食べて寝るだけ、明日のことなど忘れてしまおう。宿の女将さんの熱烈な歓迎と弾丸トークを受け、ほっと一息つく間も無く夜ご飯に。どこか懐かしい日本家屋とグイグイくる女将さんと、とても民宿らしい民宿だった。
雑多ながらも栄養バランスだけは良い夜ご飯を終え、お風呂を済ませてすぐに入眠。2日間しっかり歩いて疲れが溜まっている人もいるようだ。深田に至っては部屋の鴨居に何度も頭をぶつけて悶絶している。大丈夫だろうか、、。女将さんいわく「だいたい仲間割れするのは3日目」とのこと。しかも明日は今回の行程で1番長い日。どうなることやら、、、


・3日目(3/19朱)
5:30ごろ宿の玄関で会った登山者は昨日阿曽まで歩き車で紀勢荘まで来て、今日電車で阿曽まで戻り、昨日歩かなかった分を歩いてきて、紀勢荘で朝食を食べるらしい。毎回先に車で移動して、電車で戻りその分歩く、ということをしているらしく、そういう風に伊勢路を歩くこともできるのかと驚いた。夜明け前の薄明るい空の下で5:38に出発。歩き始めてすぐに犬を見つけて、清野くんが近づくと触らせてもらえるくらい人懐こかった。飼い主さんが出てきた。中で食事(?)しているときは犬を外に出しているらしい。
1日目、2日目と歩いてきて、夜はその日の足の疲労がすごくても、一眠りすると意外と回復して次の日は足が動くことが分かってきた。といっても私は足が少し痛いけど耐えられるレベルで、心配もあるが、楽観的な気持ちもあるという感じだった。余裕そうな人もいた。
移動するにつれ、淡く青い空から、雲が赤い朝焼けを経て暖かい黄色になり、空が水色になるまでだんだんと日が明けていく様子を楽しめた。
今回の長旅、どこかで話の種が尽きるだろうと予想され、3日目にしてその兆しも見えてきたところで、みんなの人生遍歴を聞こうと提案した。話し始めてみるとどんどん話が逸れるため、全然進まない。話の種探しとしてはいい方法だった。
朝ごはんのメロンパンの話から、パン屋さんにはカメのパンとかかわいいパンがたくさんあるという話になった。かわいい形のパンを作る労力を想像したのであろう深田くんが「かわいいは作るもの」とこぼし、女子二人は激しく同意した。これは名言である。
大内山は牧場で有名のようだが、朝早いので何もやっていない。路肩に薪や木工品が置かれている無人販売所があった。
長い舗装路歩きを終えた後の山歩き、荷坂峠はほぼ上りがない。ゆるい坂道を歩くだけで荷坂峠を越えると、山の合間から遠くが望めた。海が見える!!と喜ぶ一行。
下山した先が道の駅マンボウで、深田くんと清野くんがマンボウの串焼きを買っていた。軟骨みたいな食感で結構美味しいらしい。大内山の乳製品がいろいろと売られていて、みんな大内山牛乳を飲んだ。道の駅マンボウは池に面しており、建物の周りには草地が広がり、居心地の良い場所だった。なかなかリアルなマンボウのフィギュアがあり記念写真を撮った。マンボウの口に頭をはめて写真を撮っている人もいた。
お昼は海辺で食べようと古里まで歩く。先ほどは山の上から遠くに海が見えただけだが、今度は海が目の前にある。海風に、波の飛沫に、波の音。海を間近に感じられた。海に近いところで休憩する予定だったが、人も吹き飛ばされてしまいそうな強風だった。浜から少し離れたところで食べようという意見が出てきたが、さらごんの浜で食べたいという意思が強く、やっぱり強風の中で食べることに。風は強いが太陽を浴びてちょうどいい気温で気持ちよかった。まったり過ごしていたが、海洋プラスチック汚染事件は一瞬だった。さらごんのビニール袋が強風にとられ一瞬にして空に舞い、慌てて追いかけるも手の届かない海の奥の方に落ちてしまった。我々はただそのビニール袋が海の方に流れていくのを見ることしかできなかった。そんなこともある。次は気をつけよう。
古里から次の集落へ行くために山を歩き始めてすぐに展望台があった。高台にあるから遠くの海まで望める、絶景スポットだった。強風の海辺ではなくて、ここでお昼を食べる方がよかったかも。
新宮まで86km。折り返しの距離まで来た。後半に上りがあることは考えないでおこう。
今日も「あと〇〇駅もあるよ」という少しネガティブな発言に、「あと〇〇駅しかないよ」と言うのを何度か繰り返していた。三浦峠、始神峠を越えて、船津まで来た。口数も少なくなりただ黙々と歩く。
そろそろ公園でリフレッシュしたい気持ちになっていたがなかなか公園は出現せず、我々は小学校の校庭を羨ましそうに眺める変な大学生集団であった。地図で公園を探して、どれくらい歩けば公園に着くとか言いながら、伊勢路沿いの公園を目指して歩いた。公園は、あまり遊具のないただの広場だったが、キャッチボールはできる。あとはシーソーがあったが、二人ともザック背負ったまま乗るから重いこともありおしりが痛かったみたい。動画を撮るために何往復か上下してもらってごめん。
私は船津から相賀までの最後の一駅の足裏の痛みがかなり限界だった。ペースを落としてもらったり、何にもないところで止まって足裏を休めたりしていた。
ついに相賀に着いたー!まずスーパーに寄る。外食するかスーパーで買ったものを食べるかで20分以上悩んでしまった、自分の立場を表明しないのは良くないと反省しました。
スーパーを出る頃には日が暮れていて、星がよく見えた。今日は日の出前から日の入りまでよく歩いた。今日の感想を話したが、私はこれまでの山行でも2番目くらいに辛かったのに対し、さらごんと清野くんは余裕そうで、清野くんは尾鷲まで歩けたという。なので、辛いというのは一つの感想にすぎない模様。星空の下を歩くのは不思議と心地よかった。真っ暗な中でも星が輝いている。住宅地からこんなに綺麗に星が見えるのは羨ましいと思った。
宿に到着してとりあえずほっと一息。今日は乗り越えた。個人的には、長い道のりでも次の目的地だけを目指して歩いていくと達成できることを再認識させられた1日だった。
浴室は小さめの銭湯みたいな感じで、洗い場が二つあり、ぬるめのお湯だった。
夕飯はみんな半額シールの貼られたものを食べていた。大学生なのに草(サラダキャベツとか)を買って栄養バランスを意識していて偉い。
せとかというみかんを初めて食べた。香りが豊かで、柑橘系とお花を合わせたような素敵な匂いで、実はみずみずしく、せとかが好きになった。
ふくらはぎの筋肉痛に対処するために湿布を貼ってストレッチして就寝。明日も歩けますように。


・4日目(3/20朱)
今日の行動時間は短いため7時出発を目指して起床。まったりすると予定の出発時間より遅れてしまうことから早めに玄関へ向かったが、昨晩女将さんが部屋からの景色がいいですよと言っていたことを思い出し、みんなが玄関へ来る頃に急いで部屋に戻り眺めを見に行った。たしかに素晴らしい眺めだった。日が昇りつつある白い光が指す中に、山に囲まれた湖が手前に広がっている。見納めて出発。
最初は昨晩歩いた道を引き返すが、夜暗いときと日が出ているときでは全く別の場所のように見えた。道の駅海山は通過して、馬越峠を目指す。馬越峠は登山口から石畳になっている!これまでの山道はずっと土だったので、ここにきてやっと「熊野古道」感が出てきてテンションが上がる。近くの学校の小学生が作成した看板によると、昔の巡礼者も伊勢路を約5日かけて歩いたそうで、同じ道を同じくらいの時間で歩いていることに親近感を覚える。
これまではほぼ人に出会わなかったが、今日は何組か登山者にも出会った。一組は同じ宿ささきに泊まっていた方だった。宿では登山口までの送迎サービスも行なっているようで、人それぞれ自分に合った方法で熊野古道を楽しめて良いなと思った。
私は昨日までの長距離徒歩は先が見えなくて足裏が痛くて辛かったのだが、馬越峠を登り始めてすぐに元気になった。自然に囲まれているのが心地よいし高度を得るというのが良い。今日は登山が多めということで登山靴に履き替えていたため歩きやすいのもあった。山が好きだと呟くと、平地派という人が現れて(え?)平地派と山派でなんと2対2で分かれた。平地派は、伊勢路は平地が長いからその気分で来ていたため登るという心持ちになっておらず、平地の方が好きらしい。平地派にペースをコントロールしてもらうために先頭を歩いてもらおうとか、山派はどうとか話した。
山頂までの道のほとんどが石畳で、きれいに階段になっている部分も多く、この道を敷いた人々には尊敬しかない。山頂はこれまでの山々と同じように眺望はなく、前後に少し展望の開けている部分があった。
馬越峠を越えて尾鷲に到着。路肩に「ど〜ぞど〜ぞの机です」という名前の机があり、机の上に置かれているものは自由に持ち帰っていいという。お椀と蓋、徳利、お猪口がいくつかあり、深田くんがお猪口をもらった。
尾鷲は相賀とは似ていて、伊勢柏崎とか伊勢路の前半の方とは町や建物の雰囲気が違うことは感じる。海に出てから港町っぽいというのはありそう。
メンバーの一人のズボンに小さい穴が開いていることを発見した。あんまり目立たないものだったので、そのまま行くことになった。もっとちゃんとした裁縫セットも山に持って行った方がいいかと考えた。
スーパーに寄り、さらごんと清野くんは購入したフランスパンをザックの横に挿して出発。
すかさず公園にも寄る。ここのブランコは座る場所から地面までの距離が長く、我々にも漕ぎやすくて良かった。多くのブランコは低すぎる(え?)。
町外れの方まで歩いてきてまた山登りだと思っていたら、サーカスのような大きいテントのようなおしゃれな建物があった。オワセ・マルシェとあり、覗いてみることに。雑貨屋さんにカフェが併設してあるようだったが、手動の遠心分離機とか蓄音機とか一つの管が2周丸になっているだけのホルンみたいな楽器とか、どこから来たのか分からない古いものたちがたくさん売られていて面白かった。
今度こそ八鬼山越えに気持ちを切り替えて歩き始める。「こうすけ」と「ゆうと」と書かれた看板のある植木がそれぞれあり、雷鳥の人に思いを馳せた。深田くんがザックに入らない分の食料を外付けしていたのだが、透明のビニール袋越しにカップ麺やあんぱんがデカデカと見え、後ろを歩く人への飯テロになっていた。
看板からゴットン石と呼ばれる浮石があるとの情報を得て見つけた噂の浮石は、実際にかなり「ゴットン」した。我々もそれからの浮石はゴットン石と呼ぶようになった。
八鬼山の石畳は苔むしている箇所もあり、馬越峠よりもさらに熊野古道の雰囲気がある。とても天気の良い日で、苔むした石畳に木漏れ日が落ち、綺麗だった。
伊勢路最高峰といっても八鬼山の標高は647m、いつもの山行と比べて少なめの登りで山頂にたどり着くことができる。八鬼山山頂は大きな岩と看板があるだけで展望はない。山頂から少し歩いた先の展望台が最高だった。リアス式海岸で入り組んだ海岸線とそこから頭を出す深緑の山並みは、島のようでありつつも大陸と繋がっていて面白い地形になっている。真っ青な空に真っ青な海、海岸線はぼんやりと白く、頭上には白い雲がちぎれちぎれにある。現実じゃないみたい。伊勢路で一番の景色となったのではないか。
絶景をバックにみんな写真を撮る。深田くんはポーズをとるのが上手い。柵の前に立つと、手を柵にかけ片膝を曲げ、サングラスをかけ、未来の方を見据える姿は、不思議と貫禄があった。清野くんが立つと突っ立っているだけなので、深田くんにポーズを教えてもらうことに。二人がポーズをとって並んでいる姿も一枚パシャリ。絶景を眺めながらお昼を食べてまったり過ごした。
下山も石畳の道が続いた。靴擦れが痛そうな深田くんを先頭に下る。早い段階から靴擦れがあったにもかかわらず6日間最後まで歩ききったのはすごいと思う。2回ほど捻挫で止まりながらも、時間に余裕はあるのでその都度十分に休みをとり下山することができた。捻挫は癖になると同じところを痛めやすいみたい。
そこそこ下った地点で何本かの木に「世界遺産反対」と書かれたものがあり、反対派もいたことを知った。新しいペンキでR5.11とあるが、「世界遺産反対」の文字は明らかに古いので、世界遺産登録前、つまり20年前とかに書かれたものだろうか。
下山中に前学期に面白かった授業の話をした。みんな自分の専攻が楽しそうで何より。入試の話にもなり、深田くんは入試問題をよく覚えていて驚いた。
山道を終えてからも海に向かって家屋に囲まれたなだらかな坂を下る。三木里は今回泊まる町の中では最も小さいが、この時も我々しかいないかのような静かさだった。長時間歩いているとたびたび頭が真っ白になる。
小さな町なのにビーチのほとりにはベンチとシンプルな東屋もあった。何度目かの海だが、ここは入江の奥にあり、静かな湖みたいな海で小さな町と合っていた。夕日に照らされて夏の終わりのような風景に思えた。
海が好きな我々はしっかり波打ち際まで行き、標高0mまで下ってから、明日以降またスタートするのである。
本日の宿嬉志乃は大きめの一軒家のような宿だった。浴室は家庭用だがきれいで新しかった。洗濯機を回し、いつものように雑多な夕飯を食べて就寝。


・5日目(3/21佐藤)
熊野古道歩きももう5日目。今日は約30km,
累積標高差1500mの日である。ウォーカーズハイ状態なのか、今日中に速玉大社まで歩いてしまいたい気分だ。朝食は、はちみつをかけたフランスパン。昨日蜂蜜が完全に結晶化しているのを発見してどうしたものかと困っていたのだが、カイロを直貼りして一晩経ったら元に戻った。ライフハック。フランスパンはザックの横にさせるし、満腹感も得られるので山に向いている食べ物だと思うが、時間がない朝にたべるものではない。早朝から顎が疲れた。今日はコースタイム12時間超えなので日の出前の5:30に出発。月が残る夜明けの空気は気持ちがいい。峠の登り口に向かう途中で山の向こうから陽が顔を出した。テント泊で日の出を拝める機会は多いが、海と山と太陽の組み合わせは特別だ。「新宮まであと50km」の看板が見えた。あと少し!
木々の間を通り抜けた太陽の光が、山肌を橙色に染めている。ほんの少し石畳を登り、6時半頃に本日一つ目の峠である三木峠に到着。峠から1分くらいに展望台があるのでサクッと見に行ってみた。
話は変わるが、熊野古道には「熊出没注意」の看板が多い。その看板を見ると自動的に「森のくまさん」を口ずさんでしまう。今回の旅ではよく歌ったり口笛を吹いたりしていたが、曲目にレパートリーはない。風が吹いてきて寒くなれば「風が吹いている」を歌い、ポカポカの陽気で気持ちが良いときは「散歩」、海が見えれば「(魔女の宅急便より)海の見える街」、熊注意の看板があれば「森のくまさん」をを歌っていた。ところでこの森のくまさん、楽しげな曲調だが実は恐ろしい。後半「ところが
くまさんが あとから ついてくる トコトコトッコトッコトー
トコトコトッコトッコトー」と歌っているのだ。トコトコ?いやいや、そんなかわいいものではない。どうやらクマさんは女の子が落としたイヤリングを届けるために後から追いかけてくるらしい。そして最後には仲良くなっている。野生の姿とキャラクターの姿の乖離が激しい動物ランキング1位はクマに違いない。野生のくまの姿からリラックマを創造した方はすごい。
そんなことを思いながら港町の古江集落におりた。海沿いの斜面に家が密集した様子を見たいという清野さんの希望で、羽後峠ではなく国道歩きを選択した。建築学科の清野さんが自分にはない視点を与えてくれるので街歩きがいつも以上に面白い。ごく狭い土地に民家が並んでいる。相当な傾斜地で階段だらけの港町。ジブリ映画「コクリコ坂から」の主人公が住んでいる家がありそう。このような街がいつまでも日本に残っていてほしい。
本日二つ目の峠、甫母峠を目指す。道中に行き倒れ巡礼供養碑がある(何個目なんだか…)。見るたびに我ら4人の行き倒れ巡礼供養碑が立つことがないようにせねば、と思う。また、鯨岩という名のついている岩があった。離れて見ると、巨大な鯨が土のお布団から顔を出して寝ているようだ。甫母峠、登り始めは若干急ではあるが途中からは緩やかなハイキングである。標高0mの港街から計300mほど登り9時過ぎに甫母峠についた。5分ほど休憩し二木島駅方面へ下山する。森から出て視界が開け、眼下に港町が現れたときは気持ちがよかった。今日の累積標高差はそこそこあるものの、このように人里に出る度に気分がリセットされるのでしんどくない。11時近くになり次第に気温が上がってきている。今日は最高気温が15℃を超え、雲のない100%の晴れで、気分は春を通り越して夏だった。
二木島駅近くに東屋とお手洗いがあるので休憩した。海のそばとは思えないほど川が透き通っている。結構遠くの川底まで見えて感動していた。人生で見た綺麗な水ランキングを更新できそうである。のんびりしていると目の前に移動スーパーはじ丸のトラックが停車した。何を売っているかな〜と期待したのだが、運転手さんのタバコ休憩だった。なーんだ。耳に残るフレーズを流しながら去っていった。気を取り直して次の峠に向けて出発する。細く急な階段を登り、洗濯物が干してある民家の前の道を通る。本当にこんなところを通るのかと疑いながら登山道に入って行った。
階段で峠の登り口までに標高を稼いでいるのですぐに二木島峠に着いた。続いてお隣の逢神坂峠にも到着。そういえば今回の山行は45,46期が2人ずつだが、1・2・3・4年生が一人ずつ揃っているということに気が付く。珍しい。
昨日から捻挫が癖になってしまった深田を先頭に慎重に下山した。街におりて歩いていると清七ストアという個人商店があった。計画段階では正確な情報を得られず食料調達の当てにはしていなかったのだが、色々売っている。各々昼食やアイス、柑橘を購入した。みかんのグラム売りを始めてみた。近くに海があるのでそこで昼食をいただくことにした。いいお天気なので寝っ転がったが日差しが強く危うく干物になるところだった。清野さんが川に瀬戸香の種を投げ入れると、お魚(ハゼ?)がたくさん寄ってきておもしろい。山に海に街に、充実した午前中だったため今日の行程をほぼ終えたような気分になっていたが、実はまだ半分である。綺麗な海に別れを告げて歩き始める。こなみさんがプログラミングをしたいと言い始め、佐藤と清野は絶句…。どうやったらそんなにパソコンと仲良くなれるのでしょうか、、。
また少し石畳の道を歩いて大吹峠を超えた。途中に徐福茶屋というお店があるのだが、3月の営業日は5日間だけで今日も案の定お休みであった。海に面したテラスがあり、ここで休憩できたら幸せだろうな、、と思いながら通り過ぎる。今日の峠は大吹峠でおしまい。本来松本峠が最後なのだが、今回は鬼ヶ城へ行くために海沿いの道を選択した。(熊野市ホームページより)鬼ヶ城は波の侵食と数回の大地震で隆起した凝灰岩の大岩壁で、約1kmの間に大小無数の洞窟が階段上に並んでいる。世界遺産の観光地なだけあって人が多い。こなみさんが赤青2匹の鬼の方へ一目散にかけていき、深田くんは真実の口もどきに手を突っ込んでこちらを向いているので写真を撮っておいた。一方、清野さんはここでも猫に夢中である。17時営業終了のビジターセンターにもギリギリ間に合い、お土産を見た。そして海岸線に沿った遊歩道を歩いていく。景観に興奮してどんどん前に進んでいく足と、ゆっくりじっくり味わいたい脳みそが戦っていた。こなみさんはつい鼻歌が出るくらい上機嫌であった。右側には奇岩が見え、左側には広大な太平洋が広がり、前を向けば夕日と紀伊の山の連なりが絵になっている。水墨画で描きたくなるような風景だ(描いた事ないけど)。モンベルのTシャツにしてほしい。鬼ヶ城で日の入りを迎えたのが大正解だった。お互いに写真を撮り合う。セルフタイマーで4人の後ろ姿を撮ったが、自分のセッティング能力が皆無で微妙な出来だった。出直してきます。美しい景色に見惚れながら歩いているとあっという間に遊歩道の終点に到着。離れるのが名残惜しいが、暗くなる前に街へ向かう。熊野市の街並みは和風で素敵だった。灯篭デザインの街灯は温もりのあるオレンジの光で街を照らし、車道はタイル張りで、赤い丸型ポストが立っていた。
今日の寝床はゲストハウスのはつこ宿。経営しているもとべはつこさんはどうやらyoutuberらしい。10万人も登録者数がいた…!荷物を置いて一息つく。夕食を食べる予定だった定食屋さんがお休みだったのでこれまで通りスーパーへ。こなみさんと自分は旅の序盤では節約を意識していたが、もうどうでもよくなっていた。はつこ宿には電子レンジがあるので選択肢が広がる。清野さんと深田くんは紙皿を買って冷凍チャーハンを作っていた。また、深田くんとこなみさんはケーキ屋さんのチーズケーキを、佐藤はわらび餅をデザートにして幸せな夕食の時間を過ごした。深田くんの靴擦れした小指を見せてもらうと大変なことになっていた。靴擦れした状態で2日目からよく歩き続けているものだと感心してしまう。今日も辛そうな場面があったが自分にできることがないのがもどかしい。
就寝前、今晩がこの4人最後の夜だと気づいて少し寂しくなっていた。明日の地図を確認し、脳内で速玉大社に向かいながら寝落ちした。

・6日目(3/22深田)
旅は続ければ続けるほど、その非日常感が日常として溶け込んでいく。そうして慣れてきたころには終わりが近づいているのだが——
そんな寂しさを隠しながら、聞き慣れたアラームの音で目を覚ます。昨晩は鬼ヶ城での激痛が残る足に不安を抱きながらの睡眠となっていたので、恐る恐る足を動かしてみると痛みはほぼ消えていた。どうやら一過性のものだったらしい。最悪脚の痛みが残っていたとしても残すところ僅か25kmなので這ってでもゴールの速玉神社に向かう予定だったが、これならば何とかなりそうだ、と思いながら朝食の準備をする。本日の朝食は昨日の残りの冷凍チャーハン。6日目ともなると皆多少の疲れは出てきているが、素早く朝の諸々を済ませて宿を出る準備をする。この辺りはさすが雷鳥人である。準備を終えて外に出ると、思っていたよりも暖かい。どうやら春の到来を感じる一日になりそうだ、と思いつつ一晩お世話になった宿を出てこの旅の最終目的地である速玉神社に向けて出発。今日の行程は標高差もほぼなく、海沿いに歩いていくだけなので皆も気楽そうだ。歩き始めて10分で獅子岩が見えてきた。一応天然記念物らしく、写真で見てもあまり思わなかったが実際に見ると確かに獅子に見えてくるのだから不思議なものである。せっかくなので砂浜に降りて獅子岩の前を通過。この旅では度々海辺に立ち寄ったが、とにかく海も浜辺もゴミや打ち上げられた昆布などがなく本当に綺麗だ。私の故郷の湘南の海とは大きな違いである。大きめサイズの砂利に足を取られそうになりながらも朝イチの澄んだ空気の中を歩いていく。遥か遠くに見える煙の立っている場所がゴールの新宮かな、なんて会話をしているうちに花巌神社の辺りに到着。ここでは風化作用によって出来た奇岩を見ることができるのだが、思ったよりも大きく中々の見応えであった。どうやらこの岩が御神体らしく、設置されている賽銭箱にお賽銭を納めながらこの長い旅が無事に終わるようにお願いをする。他の人のお参りを待っている間ずっとご神体を眺めているといつの間にか頂上まで登るためのルートやホールドが見えてくる…なんてことは無かったが、なんとなく登ってみたいな~なんて思ったりする。自分にも僅かながらにウォール委員の血が流れている?ようである。
さて、お参りも済んだところで再びゴールへ向かって歩を進める。ぶっちゃけ今日は今歩いている国道42号線に沿って行けば着くのだが、それでは味気ないではないか、とパーティ全員が思ったことも有り、防砂林を抜けて再び砂浜へ。普段は山に籠りたがる雷鳥人だが、この旅では海に度々お世話になっている。ふとした時に「自分は山よりも海派かな~」と発言する不届き者が居た気がするが、流石に聞き間違いであろう。
そんなこんなで会話も弾みつつ、気温も徐々に上がってきて美しい海岸線を横目にルンルン気分でゴールを目指す…はずだった。歩いている内に気づいたのだが、暑い。いくら何でも暑すぎる。どうやらこの日は前日までの厳しい寒さから一変、全国的に急激に気温が上昇した日であったようだ。おまけに海岸沿いを進む道のため、遮蔽物はなく日差しにジリジリと焦がされながら進む。みんなで暑さに対してグチグチ言いながら、所々にあるコンビニや道の駅で休憩をとって進む。このあたりは本当に商店やコンビニが多く、補給には困らない。やはり人口が多いというのが有るのだろう。これまでの5日間を振り返ってみると、一回もコンビニを見かけることも無いどころか飲料補給すらままならない日も多かった。その状況からするとこの辺りは天国だし、気温が上がるのが今日で良かった~、くらいの心持ちになる。毎日それなりの距離を進んでいるとメンタルは安定、器も広くなるのでとても良い(財布の紐も緩みがちなのが玉に瑕)。途中で立ち寄ったコンビニでは同じく巡礼しているご夫婦に遭遇した。話を伺っているとどうやら4日目の宿でご一緒していたようである!なんとも不思議な縁である。ご夫婦は巡礼のプロのようで、もう一つの世界遺産の道「カミーノ・デ・サンティアゴ」を400km近く歩かれたことも有るらしい。行くのをとてもオススメされたが、中々難易度が高い…
さて、道を進んでいくと見慣れた熊野街道標識が所々に建っているのだが、ふと見てみると新宮まで10kmの文字が!170km近くの行程のラスト10㎞である!普段の山で幕営地まであと10kmの標識を見つけた日には絶望モノだが、今回の工程の残り6%である。足取りも軽く進んでいくと、「道の駅
紀宝町ウミガメ公園」に到着。ここの名物はウミガメの水槽展示は勿論、屋外ではゾウガメが日向ぼっこしている様子が見れるスペース、ウミガメ関連のお土産コーナーと挙げていけばキリがない。さて、我々が最初に向かったのは……そう、ポケモンマンホールである。真っすぐ走って向かっていく佐藤に我々もついていく。ここのマンホールにはプロトーガ(こだいがめポケモン)とミジュマル(ラッコポケモン)があしらわれており、海の町で有ることを強調しているようだ。マンホールの後は道の駅内の無料のウミガメミュージアムへ。そもそもウミガメにはアカウミガメとアオウミガメが居ることを知る。見分け方は頭の大きさや甲羅の模様などで見分けられるようだ。個人的には淡水ガメやリクガメよりもウミガメの方がビジュアルが好きなのでついつい写真を沢山撮ってしまう。なんか彼らの目つきがすごくいいんですよね。一通り楽しんだ後は併設されているレストランでお昼ご飯。みんな海鮮丼を注文して楽しんだ。食事中に誰かがぽつりと漏らした「これがみんなでとる最後の食事だね」という言葉が胸に突き刺さる。6日間も寝食を共にし、長い道を一緒に歩いて来た仲間達とは強い連帯感が有っただけになんだかすごく寂しい気持ちだ…
食後は折角なので岸辺でちゃぷちゃぷする事に。私は足に怪我をしていたため断腸の思いで入るのを諦めたのだが、他の3人は裸足になって波と遊んでいた。いやはや、本当にこのあたりの海は綺麗で素晴らしい。波と遊んでいる3人が合わさればまるで青春映画のワンシーンのようである。ずっとこの場所で海を見ていたい気持ちは山々なのだが、佐藤と朱さんの電車の時間も有るのでゴールを目指す。そうして街中を2時間近く進むと遂に熊野川に到着!この熊野川は三重県と和歌山県の県境となっており、渡れば速玉大社がある和歌山県新宮市に入るのだ。ゴール直前ということもあり、感動もひとしお。折角なので熊野川を題材に一句詠んでみよう、という事になった。朱さんは中々良い句を詠んでくれた。記録には非掲載で、という本人たっての希望が無ければ是非とも共有したいくらいである。深田は「熊野川
伊勢路の旅も はやたまに」と一句詠ませていただいた。熊野速玉大社の名前は伊弉諾尊の唾を災いやケガレを払うまじないとして「速玉大神」とした説や船の軸先があげる水しぶきを「速玉」とした説など色々あるが、音の響きがいいのでお気に入りである。ちなみに清野さんと佐藤は「熊野川
ああ熊野川 熊野川」らしい。大減点。
川を渡って15分程度歩くと遂に伊勢路のゴールである熊野速玉大社(新宮)に到着。達成感がすさまじい。到着の達成感をメンバーと共有していると、なんと午前中にコンビニで出会ったご夫婦とばったり出会った。お互い無事に到着できたことを喜びつつ、折角のご縁なので一緒に自撮りを撮らせていただいた。いぇーい。
メンバー全員でお参りをした後は有名なお土産屋によって和菓子を買ったりした。深田と清野さんは翌日の熊野三山巡りに向けて新宮で宿泊する事としていたため、今日中に熊野を出る朱さんと佐藤とはここでお別れである。ついに伊勢路の旅が終わってしまったのだな、と思う。夕食にはめはりずしと串カツ、そして生ビールを楽しんで翌日に備えて就寝。
本当にこの伊勢路の旅は長く、学びや楽しみが多い旅であった。「巡礼」とは「日常的な生活空間を一時的に離れて、宗教の聖地や聖域に参詣し、聖なるものにより接近しようとする宗教的行動のこと(Wikipedia)」とされる。今回の旅には明確な宗教的要素は無かったが、多くの先人達が歩いて来た軌跡を辿る、そしてその地の食べ物を食べ、全て自分の足で歩くというのは一般的な「旅行」とは異なるものであると感じた。敢えて言うならば「旅」であろうか。日常から離れ、過去の時代から遺されてきた道を歩いて先人の息遣いを感じる。きっと八鬼山の急坂で彼らも息を切らしていたのだろうし、新鹿の海岸で一休みしていた人もいただろう。鬼ヶ城で日の入りを見ていた巡礼者も居たに違いない。そうした「知覚・感情」の交錯を楽しめるのがこの伊勢路の「良さ」ではないだろうか。
色々と長くなってしまったが、最後は芭蕉の言葉を借りてこのあたりで締めようと思う。
——嗚呼、旅は栖。

・7日目(3/23清野)
横断歩道のピヨピヨ音で目が覚めた。時刻は朝7時半。普段の生活なら十分早い時間だが、昨日までの早起き生活からすると実にゆっくりとした朝だ。なにせ伊勢路歩きは昨日で終わり、今日は熊野観光をするだけ。ついに徒歩から解放されて車という文明の利器を使えるのだから、とても気楽な1日である。
隣で寝ていた深田はもう起きているようで、もぞもぞと準備をしていた。どうやら朝一から速玉大社に牛王宝印(熊野牛王符)を買いに行ってくるらしい。牛王宝印は熊野三山で発行される護符で、起請文としても使用されるらしいが、その使い方がなんとも恐ろしい。これを使って誓約を交わすとその内容を熊野権現に誓ったことになり、もしそれを破った場合、熊野権現の使いであるカラスが死に、同時に破った本人も血を吐いて死ぬというのだ。古来から火起請や武将同士の誓約に使われ、赤穂浪士の討入前にも用いられたという。いったい深田は何に使おうとしているのだろうか…。
自分は宿に留まっておくことにし、深田を見送ってからゆっくりと朝の支度を始めた。今日も今日とて朝からカップラーメンだ。もうすっかり慣れたカップ麺で始まる朝も、ついに今日で終わりだと思うととても寂しくなる。こなみんが昨日買ってくれた鈴カステラ(香梅堂
めちゃ美味しい)をデザートにいただきながら、久しぶりの時間に追われない朝を穏やかに過ごした。そうこうしているうちに牛王宝印を手に入れた深田が帰ってきて、宿を発つ準備を始める。
駅前のオリックスレンタカーに車を借りに行く。まとめて熊野三山とは言ってもそれぞれ非常に離れた距離にあり、車がないと1日で回るのは現実的ではないのだ。ワゴンRの可愛らしさ()に少し驚きながらも、まずは熊野本宮大社まで車を進めた。
朝の市街地を少し走り、昨日まで散々お世話になってきた国道42号線を少し南下する。途中山の上に神倉神社を見つけ、ここも今日の行き先に入れればよかったと少し後悔したが、逆にまた新宮に来る動機付けになるかもしれないと我慢。一生のうちでなかなかいきそうにない所として伊勢路を選んだ面もあるが、結局何回も熊野エリアを訪れることになるかもしれない。
市街地の中心部から少し外れたところで国道168号線に入る。地元にも走っている国道で、「このまま走っていくと太平洋に出るんやで〜」と小さい頃に言われた記憶があるが、こうしてその最果てへと訪れるとどこか感慨深い。川沿いにグネグネ曲がった道路をガンガン飛ばす地元民に若干驚きながらも本宮へと車を走らせていく。窓の外には河原の広い熊野川と両側にそびえる青々とした山々という眺めがひたすら続く。瀞峡や湯の峰温泉といった標識が見え、もっとちゃんと観光したいなと思った。奈良県の生まれではあるが、生まれてこの方紀伊半島の山中に旅行に来たことがなかったのである。やっぱり小辺路も歩かなきゃとも思う。
 40分ほどで本宮に到着。周囲には土産物屋や飲食店が並び、とても活気のある観光地である。日本人はもちろんのこと、外国人観光客も多く見られ、流石は世界遺産だ。これまた美しい杉木立の中の階段を登り、本殿を目指す。現在は熊野川から少し離れた丘にある本宮大社であるが、もともとは河原にあったものが明治の水害を機に移転してきたそうだ。階段を登り切るとこちらは速玉とは違って落ち着いた雰囲気。白木造りの大きな建物が並んでいる。素戔嗚(主祭神)、伊邪那岐、伊邪那美、十一面観音、八百万の神の順に参拝を終え、またまた深田は牛王宝印を買いに行く。800円の普通のものと音無紙(吉野紙)を使った3000円のものの2種類があるが、流石に今回は普通の物になった。この熊野古道歩き中は金銭感覚が崩壊していたが、そろそろ戻さなくちゃ。
参拝を終え、近くにある土産物屋さんに向かう。来るときにチェックしておいたのだが、熊野古道関連のグッズが売っていそうなのだ。中に入るとTシャツや手拭いなど多種多様な熊野古道グッズはもちろん、熊野と並んで世界に二つしかない「道」の世界遺産であるスペインの「カミーノ・デ・サンティアゴ」とのコラボグッズが目立つ。田辺市ではこの二つともを巡礼することを勧めているようで、共通スタンプラリーもある。昨日出会った夫妻からもスペインを勧められたが、ここでグッズまで見てしまうと益々行きたくなってしまう(共通巡礼Tシャツも買っちゃったし)。
本宮はやはり熊野古道のゴール地点だからか古道歩きの人達を時折見かけたが、この土産物屋でも出会うことになった。自分たちと同じく伊勢路を歩いてきたそうだが、なんとここから小辺路で高野山まで向かうのだという。何という体力と精神力。店主さんも交えてしばし熊野古道トークで盛り上がったのち、彼は先を目指して歩いて行った。いつかスペインで出会えるといいなと思う。
土産物屋を出発し、明治以前に本宮大社があった河原である大斎原に向かう。歩き始めてすぐに目につくのが巨大な鳥居だ。高さはなんと34メートル、日本一の大きさだという。田んぼの中に聳え立つその姿は圧巻だ。大鳥居をくぐって鬱蒼とした森の中にある大斎原に入ると、建物の跡なのか地面が盛り上がっているものはあるものの、本当に何もない。ただその建物の跡はとても巨大で、かつての社殿の規模とそれを流し去った洪水の激しさに思いを馳せた。大斎原のすぐ近くには巨大な河原があり、直接下りていくことができる。こんな山中にあるとは思えない広大な河原と、思いの外透き通った熊野川の流れに心が浄化される。この熊野に心の安らぎを求めて巡礼をした昔の人々の気持ちがわかるような気がした。再び本宮大社の前まで戻り、名物であるもうで餅を買って車に乗り込む。次に目指すは熊野三山の残り一社である熊野那智大社である。
1時間ほど走り那智大社が近づくにつれて車の量が増えてきて、大型観光バスも目立ち出した。やはり那智大社の方が観光地としてはメジャーなのだろうか。那智大社のすぐ手前の那智滝のあたりまで来ると駐車場待ちの車と歩行者で大混雑である。何とか無事に滝近くの駐車場に車を停め、まずは那智の滝に向かう。それにしてもすごい人の数だ。日本人はもちろんのこと、中国や韓国からの旅行者も目立つ。全国数ある観光地の中でもこのエリアはトップレベルでアクセスが悪いと思うのだが、それでも訪れるほど外国でも有名なのだろうか。やはり世界遺産パワーは偉大である。
那智の滝は飛瀧神社という神社の御神体となっているようで、滝までは参道を歩いていくことになる。この旅で何回参道を歩いたかわからないくらいだが、この参道が一番混雑しているように感じた。降りること5分、やっと滝の下に到着。日本三名瀑布で高さ133m、一段の滝としては日本一の落差だという。下から見上げると流石の大迫力。垂直の断崖絶壁から、一筋の白い流れが下まで落ちている。300円払えばもっと近くに行けるようだが、それは次回に持ち越しだ。
滝からまずは駐車場まで100段の石段を登り返す。そして駐車場から裏参道に入ると、現れたのはまた階段。杉林に囲まれ、大きな石で作られたその階段は、まさしくこの一週間嫌というほど見てきた伊勢路のものと全く同じ雰囲気である。隣の深田も思わず絶望の声を上げていた。周りの人はお手軽熊野古道だ〜と言って楽しそうに登っているが、そんなものは自分たちには必要なさすぎる。思いがけないラスボスに心を折られながらも、ゆっくりと階段を登っていった。
10分ほどで杉林の区間は終わり、門前町のような雰囲気に変わる。道沿いには所々桜が植っており、すでに満開のようだった。まだ3/23なのだが、やはりこの辺りは温暖な気候なのだろうか。遠くの山に目をやると、ポツポツとピンク色の桜の木が見える。伊勢ではあんなに寒かったのに、この一週間で一気に季節が進んだ気がした。
ダメ押しかのように待ち構える最後の階段を登って、やっと那智大社に到着。これで熊野三山コンプリートである。朱塗りの鳥居や社殿に囲まれた境内は多くの人で賑わっていた。まずはお参りをして無事に伊勢路を終えられた感謝を述べて、恒例の牛王法印購入に向かう。今年の入会届を牛王法印に書かせれば誰も辞めないのではという妙案?が出たが、流石に過激すぎるだろうか。無事に購入を終え、今度は隣にある西国三十三所第一番札所で有名な青岸渡寺に移った。境内には那智の滝と三重塔をセットで見れる場所があり、多くの人が撮影に興じている。関西の人にしか伝わらないかもしれないが、天気予報などでよく見るあのアングルだ。こうしてテレビの中でよく見ていた景色を実際に見ると、何とも言えない感慨を覚える。富士山ローソンの観光公害問題が話題になっていたが、テレビやネットで見たのと同じアングルで写真を撮りたいという気持ちは確かに分からないでもない。
参道を下り駐車場に戻ってきた。駐車券についてきた割引券を使ってソフトクリームを食べるかしばらく迷ったが、本宮でTシャツも手拭いももうで餅も買ってしまったことを思い出し、ここは我慢。新宮にそのまま戻ることにした。なんだかんだでもう2時前である。今日のうちに東京や名古屋に戻ることを考えたら案外時間がない。
車の中で本宮で買ったもうで餅をいただく。あんこを餅で包んで上から玄米粉をかけた素朴な味わいでとても美味しい。思えば1日目からさまざまな名物を食べてきた。伊勢うどんや赤福、秋刀魚寿司、柑橘、、。こうして山行記録を書いている今でも想像するだけでお腹が空いてくる。地元の名物を食べられるのは普段の山行にはない楽しみだろう。
新宮に戻り、ここで深田とは解散。8日間行動を共にしてきたので寂しさを覚える。またこのメンバーで熊野古道、いつかはスペインに行きたいと思う。1人になってまずは速玉大社へ。今日一日お土産を探していたのだが、ピンとくるものがなかったのだ。無事にお目当ての品を購入し、20分ほど歩いて新宮駅に到着。ここから電車に乗って紀伊勝浦を目指した。名古屋までの特急の指定席が満席だったので、安全を取って始発駅から自由席を確保しようという算段である。普通電車は2時間に1本しかないような路線だが、案外車内は旅行客で混雑している。30分ほどで紀伊勝浦駅に到着。特急の発車時刻まで1時間あるので、駅周辺を散策することにした。
紀伊勝浦はマグロ漁業で有名な港町で、駅近くの勝浦漁港周辺には多くの海鮮料理屋があるが、流石に16時すぎに営業している店はほとんどない。結局商店街の八百屋でみかんの一種であるせとかを購入し、食べながら散歩して過ごすことにする。去年3月の三上山ハイクで11期の深畑さんから頂いて以来、すっかり好物になってしまった。伊勢路の道中ではよく売ってあって食べていたので、最後にも購入できて大満足である。漁港近くで野良猫と戯れているうちにすぐに1時間は過ぎてしまい、駅に戻る。本当はもっと観光したかったが、それは大辺路を歩く時に持ち越しだ。
名古屋行きの特急南紀はなんと日曜の夕方にも関わらず2両編成である。無事海側の席を確保したが、1両しかない自由席は始発の紀伊勝浦駅の時点でほとんど埋まってしまっていた。これは新宮から乗っていたら危なかったなとほっと胸を撫で下ろす。ここから名古屋までは3時間半の長旅だ。新宮駅の時点で立ち客が出ていたので、名古屋まで立っていたかもしれないと思うと恐ろしい。
車窓には昨日まで歩いてきた景色が高速で流れていく。昨晩泊まった熊野市、新鹿の入り江、相賀の銚子川、三瀬谷の深い谷、、。一週間の思い出に耽っているうちに特急はあっという間に伊勢路を走り、名古屋に向かっていった。




■感想
CL清野
・突拍子も無い思いつきに乗ってくれて、最後まで一緒に歩いてくれた3人には本当に感謝してます。いつかまたスペインで。
・川沿いに広がる田んぼや茶畑、よく手入れされた森、建物がひしめき合う港町など、日本の原風景の中を歩いた6日間は格別だった。170kmという長い道のりだからこそ伊勢熊野の良さを思う存分体感できたと思う。
・同じ巡礼者だけでなく、宿の方やお店の方、さらには道端の方々まで色んな人と出会い話すことができてよかった。
・やっぱり自分は山よりも海派な気がする。
SL佐藤
・4人で最後まで歩き通せたことが何よりも嬉しい。
・精神年齢小学生で6日間過ごせて幸せでした。保護者のお三方には大変お世話になりました。
・初めてヘアアイロンを持って山に登った。
・山も海も街もキャッチボールも楽しめる贅沢な170kmだった。
・ミジュマルのポケフタ3つ集まった!2つ建設中だったのは悔しい…。
・次は小辺路、その次はカミーノ・デ・サンディアゴかな?
・ついでに個人山行として登った金剛山も気に入りました。
◯深田
・170k m完歩!終始足のトラブルに悩まされながらでしたが、楽しいメンバーと一緒だったから歩き通せたのかなと思います。ありがとう!
・普段行くような山、都市とは違った「集落」の雰囲気を感じることができる貴重な機会となりました。
・本当に海が美しい。お気に入りは新鹿の海岸です。白砂にエメラルドブルーのこぢんまりとした入江のそばで食べたカツ丼が美味しかった…
・めっちゃ草食べた。多分普段よりも食べてる。
・達成感もさることながら、これだけ長距離歩けたのはわずかながらも自信になりました。本当に良い経験になるのでみんなも追走してみて欲しいです。
・ちゃんと巡礼しました。牛王宝印は我が家に飾ってあります。いつか使う日が来るのでしょうか…?
◯朱
・一緒に歩いてくれたメンバーに感謝です。全員で完歩できて本当に良かった!
・170kmはやはり長かったです。その分、町、山、海と多様なものを楽しめました。目まぐるしい日常から逃れて、日本の地方ののどかさに身をおいて、のんびり過ごすことができて幸せでした。
・人との出会いは特別でした。
・峠を越えて集落に出会うをいくつも繰り返す、いつもの登山と違う不思議な体験でした。
・歩くのも大好きだけど、私はただ歩くだけでは生きていけないと思いました。